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「なぜトランプが支持されるのか」会田弘継氏インタビュー(全3回)

政治・外交

第1回 必然としてのトランプ復活

 アメリカ分断の象徴ともいえるドナルド・トランプが再選に近づいている。2020年の大統領選で一度敗れているのに、また熱く支持される理由は何か。ジャーナリストでアメリカ保守思想や論壇事情に詳しい会田弘継氏は、米国社会の大きな地殻変動が背景にあるという。

トランプ現象は民衆革命

 「もしトラ」というのは現実を見ていない言葉で、「トランプ復活は当然」と思っています。より正確には、大統領がトランプであれ誰であれ、これからのアメリカ政治の方向はトランプ型になる。トランプ現象は民衆革命で、アメリカ政治・経済・社会を根本から変革しようという動きです。現状への民衆の絶望と怒りが、その背景です。

 バイデン政権が不人気なのは、結局のところ関税政策、インフラ政策、移民規制政策でトランプ路線を続けるしか政治的選択肢がなく、そうしているのに、素直に認めていないからです。トランプの出現でアメリカ政治のフェーズは完全に変わりました。トランプが変えたのではない。リーマンショックと格差をもたらした新自由主義(ネオリベラル)的経済政策の行き詰まりと、対テロ戦争に失敗し今日の中東や世界の混乱を招いたネオコン型の外交政策の破たんで、冷戦後アメリカが完全に行き詰まり、人々の怒りがトランプを媒介にしてアメリカを変えだしたのです。

中間層が壊れた

 2009年にオバマ大統領は、前年のリーマン危機をもたらした経済構造と中東での長引く戦争の「チェンジ」を期待されて政権に就きました。ところが変革への媒介にはなれなかった。政治の素人だったオバマは結局ウォール街の言いなりで、それまでも広がり続けていた格差は絶望的なまでに広がったのです。中間層の資産崩壊が原因でした。カリフォルニア大学バークレー校教授のクリスティーナ・ローマー大統領経済諮問委員会委員長(当時)は、住宅ローン破産に直面した中間層救済のために1兆8千億ドルの経済刺激策を提起したのですが、8千億ドルに減額され、「破産する者は破産させる」ことになりました。当時シティバンク頭取だったルービン元財務長官が、マイケル・フロマン(後の通商代表)をメッセンジャーとして送り込み、オバマ政権の人事を思うままにしたことはウィキリークスで暴露されています。ルービンの意図をくんだサマーズ(国家経済会議議長)やガイトナー(財務長官)といった経済チームの主要メンバーが中間層救済案を潰してしまいました。この経緯を証言する本などが最近次々と公刊されています。トランプ現象の背景を考える時に最も重要な出来事だったと認識されているからです。

 世界各国の経済格差を調べたトマ・ピケティらのデータベースでも、アメリカではオバマ政権時代に上位1%の資産が全個人資産の36%に達し、救済されなかった中位層以下はリーマン後に大幅に資産を減らした実態は明らかです。ジェフ・ベゾス、ビル・ゲイツ、W・バフェット3人の資産だけでアメリカ人下位50%の資産合計額に並ぶ、すさまじい不平等です。

 スタンレー・グリーンバーグという民主党の古参の選挙戦略家も2019年の著書でオバマ政権時代の中間層崩壊を描きだしました。それに反発して「フェイク」だとの批判が出たので、フェイクニュース調査組織「ポリティファクト」がグリーンバーグは「正しい」と結論づける報告を出しました。連邦準備金制度理事会(FRB)のデータを基に、2007年から16年までの所得階層別の保有資産を調べたところ、上位10%だけが27%富を増やしたのに対し、他はすべて損失、特に真ん中(40~60パーセンタイル)の層は70%もの資産を失っていました(下図参照)。

図 所得パーセンタイル別の資産の増減率(2007-2016年のアメリカ)※青が増、赤が減

(出典 https://www.politifact.com/factchecks/2019/sep/10/stanley-greenberg/did-most-americans-lose-wealth-income-under-barack/)

 これでわかるのは、リーマン危機後の中間層以下の苦境への対応をオバマ政権が怠り、アメリカの民主主義を支える中間層が資産崩壊に追い込まれたことです。さらにバイデン政権下のインフレで、ニューヨーク、そしてシアトルからサンフランシスコまで民主党が強い東西両海岸沿いの大都市では格差が大きく広がり、例えば住宅価格が高騰して、年収6万ドル(約9百万円)の公務員でさえ通勤圏に住めなくなりました。2百キロ以上離れたところに家族を住まわせてホームレス状態なのに、民主党主導の地方議会は既得権益を守って郊外に集合住宅を作らせない、中間層を犠牲にする政治が続いて問題になっています。

アメリカ政治を揺るがす移民問題

 1990年台初頭に約350万人だった不法移民の滞在者数は、クリントン時代に激増して1千万人台に達し、今も1100万人程度います。法の適用外なので最低賃金すら支払われず、いくらでも使い捨てできる底辺労働力としてアメリカの資本主義を支えています。

 日本では、不法移民一千万人が当たり前のような論調ですが、ヒスパニックや下層階級にトランプ支持が増えているのは、自分の職と賃金が脅かされているからです。不法移民と同じ生活空間にいる中流下層から下は、現状はおかしい、まともな国家なら国境を管理して不法移民を放置しないと考えている。それを「人種差別主義者」と叩くのが、警備付きの高級住宅地に住む富裕層エリートで、多くが民主党支持者です。トランプ現象を左右の分裂と捉えるのもまやかしで、起きているのは上下の間、金持ちエリート層と中間層以下の大衆との分裂なのです。大衆の間ではさらに、若者たちがサンダースのような社会主義、年配層はトランプ支持に分かれる構造です。

会田弘継

中間層復活のための怒りの政治、トランピズム

 ネオコンの外交政策は9・11テロ以降、20年にも及ぶアメリカ史上最長の戦争をもたらし、庶民を苦しめました。世界中で90万人もの犠牲者を出し、帰還兵はトラウマで精神を病む恐ろしい戦場だったことを、送り込まれた下層階級は知っています。しかし彼らの怒りをエリートは顧みようとしません。

 普通の国なら革命が起きますが、アメリカ政治もマスメディアもエリート層が完全に抑えているため、庶民は救われないままでした。そこに自分たちの声が届きそうな大統領が現れた、と多くの人々は思ったのです。高関税に不法移民規制と貿易保護主義、産業政策で国内の製造業や従来型エネルギー産業を立て直し、インフラ投資して雇用を生み、外国との戦争ではなく国内に予算を使うとするトランプの主張(トランピズム)は大衆に支持されています。トランプが民主主義を壊したのではなく、中間層が壊れて、中間層を支えるべき民主主義も壊れたので、トランプが浮上した。この絶望的な行き詰まりを打破するのはトランプ、あるいはトランプ型政治しかいないと人々は感じているのです。

 アメリカの保守政治はトランプによって、40年ぶりの思想的な大変化の渦中におかれ、その「大きな政府」路線はいま、アメリカ社会を大きく作り変えようとしています。

【略歴】
会田弘継(あいだ・ひろつぐ)

 1951年生まれ。東京外大卒。共同通信ジュネーブ支局長、ワシントン支局長、論説委員長、青山学院大学教授、関西大学客員教授などを務める。現在共同通信客員論税委員。著書に『破綻するアメリカ』(岩波現代全書)、『トランプ現象とアメリカ保守思想』(左右社)、7月10日発売の新著に『それでもなぜ、トランプは支持されるのか―アメリカ地殻変動の思想史』(東洋経済新報社)がある
会田弘継

(取材・構成 工藤博海)

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