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「なぜトランプが支持されるのか」会田弘継氏インタビュー(全3回)
第2回 アメリカを作り変える思想史的変化

政治・外交

 2016年の大統領選挙以降、現在までのトランプをめぐる議論は、アメリカが思想的に大きく作り直されていく流れの中に位置づけることができます。

様々なスキャンダルが暴かれ、刑事裁判をいくつも抱えたトランプが熱く支持される。しかもこれまでの共和党候補とは違い、アフリカ系、ヒスパニック、若者の支持も増やし、期待を集めていることは、日本のテレビは伝えたくないし、理解に苦しむ事態でしょう。

 マスメディアはトランプ現象を「反動」「差別主義」としか捉えないので、21世紀の保守派のうねりを理解できず、なぜトランプがここまで支持されるのか説明できなくなりました。これはジャーナリズムの敗北です。

 トランプは政治的病の原因なのではなく、アメリカの政治的病の結果であり、巨大なうねりを象徴する一端なのです。トランプ現象を思想史的に捉えなおせば、アメリカの支配的なイデオロギーが40年周期で移り変わる大きなサイクル(アーサー・シュレシンジャーJrの言う「アメリカ史のサイクル」)として理解することができます。

ニューディールの「大きな政府」時代

 20世紀のアメリカ思想史の重要な境目は、まず1930年代から始まるニューディール体制です。フランクリン・D・ルーズベルト大統領(1933~45年)の戦時統制、計画経済は、戦後のトルーマン政権(45~53年)のケインジアン政策、リンドン・ジョンソン政権(63~69年)の「偉大な社会」の大きな政府路線に引き継がれました。

 共和党の大統領だったアイゼンハワー(53~61年)とニクソン(69~74年)も、「大きな政府」路線です。アメリカ史上初の大プロジェクトだったアイゼンハワーの州間高速道路へのインフラ投資はもちろん、「我々は皆もうケインジアンだ」と語ったニクソンは物価と賃金の統制を同時に行い、環境庁を作り、それまで州の管轄だった労働者の健康・安全環境の整備(労働安全衛生法および労働安全衛生庁)を連邦に移して統一基準を設けました。保守派から見れば社会主義者です。

 1970年代までの40年間は「大きな政府」が圧倒的に優位でした。政府の肥大化は資本家の怒りを買い、オイルショックとベトナム敗戦、ブレトンウッズ体制の崩壊で限界を迎え、ジミー・カーター政権(77~81年)を境にアメリカ政治は次の段階へと転換していきます。

「小さな政府」と新自由主義、ネオコンの時代

 次の時代はレーガン政権(81-89年)とともに本格化したネオリベラリズム(新自由主義)の「小さな政府」政策と、ソ連との対決姿勢を強めて民主主義を世界に輸出しようとしたネオコン(新保守主義)の外交路線を特徴とする時代です。

 アメリカ政治の保守化はカーター時代に始まったと、「アメリカ史のサイクル」は指摘しています。カーターは「ボーン・アゲイン(洗礼による新生)」を公言し福音派を自称した初の大統領候補で、中絶に反対し「家族の価値」を重視して、福音派の支持で大統領に当選しました。その後のアメリカ政治を福音派が席巻したのは日本でも知られているでしょう。

 新自由主義はカーターも試み、レーガン政権が、それまで理論のレベルだったミルトン・フリードマンやF・ハイエクの市場を重視する思想を取りこんだ。減税や規制緩和による景気刺激策や公営企業の民営化など市場経済にゆだねる政策を打ち出して、その後40年間の主流となりました。

 さらにネオコンの外交政策は91年のソ連崩壊で「民主主義の勝利」をもたらしたと自賛され、アメリカの介入戦争は、92年のソマリア、2001年以降のアフガニスタン、2003年のイラク戦争の泥沼へとエスカレートしていきます。

労働者の支持を得た共和党、エリートの党となった民主党

 共和党のニクソンはそれまで民主党の地盤だった南部を攻略しました。南部の繊維産業が日本の安い製品との競争に敗れると、日本を交渉で抑えこみ、繊維の輸入割当制をのませ、人種融和の学校統合も穏健に進めて南部の白人を共和党支持に変えていきます。70年代に保守的な議員が民主党から共和党にくら替えし、さらにレーガン減税による経済活性化と「強いアメリカ」復活の訴えに労働者が「レーガン・デモクラッツ」としてなびいていきました。

 焦った民主党の若手は85年に「民主党指導者会議(DLC)」を創設、労働組合から離れて新産業や金融業界と結びつこうとします。労働者階級を見捨てた「ニューデモクラッツ」には、ハイテク産業政策で成長したIT分野の企業や環境ビジネスで優遇措置を受けた新興企業からの膨大な政治献金が流れ込んでくるようになりました。

 「小さな政府」をめざす新自由主義は90年代以降も支配的であり、共和党の2代ブッシュ政権はもちろんのこと、民主党の「従来型の福祉を終わらせる」と大統領選挙で繰り返したクリントン政権(93-2001年)も、中間層を崩壊させたオバマ政権もこの路線です。

 産業政策に力を入れ、IT系や金融業界の大口献金が集まる民主党は選挙資金で共和党を圧倒するようになりました。いまもバイデンが調達する資金はトランプを大きく引き離しています。金持ちと高学歴エリートの政党になっていくのと同時に、民主党支持者はアイデンティティ政治での票集めに傾斜していきます。妊娠中絶や人種問題、歴史認識を前面に押し出し、白人多数派の差別意識を糾弾し続ける「文化戦争」は、国内世論の分断を進めました。

 リーマン危機の処理に失敗して格差をかつてないほど広げ、アフガニスタン・イラク戦争に事実上敗北し、40年にわたった新自由主義とネオコン路線は2016-17年のヒラリーの落選、オバマ政権の退場とともに終わりを迎えたのです。

中・下層の「怒れる白人」とトランプ現象

 民主党左派の長老ジャーナリスト、ジョン・ジュディスは早くもトランプが大統領選の共和党予備選挙に立候補した2015年の段階で、民衆がトランプを権力の座に押し上げる異様な事態を読み解くカギは「ミドル・アメリカン・ラデイカルズ(MARs)」と呼ばれる白人中産階級だと指摘しました。

 ジュディスが引用した社会学者ドナルド・ウォレンはかつて、ニクソンを支持する「サイレント・マジョリティー(声なき多数派)」の実態を探る中で、有権者の4分の1を占めるMARsは実質所得減に見舞われて「政府は金持ちと貧乏人ばかり大切にし、そのツケを払っているのは自分たちだ」という強い不満を抱く一方で、社会保障に気配りする政治を求めていると分析していました(1976年の主著「The Radical Center」)。今日のトランプ支持層に重なる不満と疎外感です。トランプはこうした不満や知的エリートへの反発を体現してみせ、主として白人の下層中産階級を動員すれば大きな政治力になることを示したのです。

 バイデンが関税政策やインフラ投資で、かなりトランプと重なる政策を推進しているのは、トランプ路線でなければ中間層は納得しないとわかっているからです。民主・共和の支持者で意見が割れていた移民問題でも、バイデンはトランプと同様に規制強化を言い出しました。票が取れるからです。移民推進のエリートが住む東西の海岸沿いの州に、南部国境州の知事が不法移民をバスで送り込み、多くの庶民が拍手喝采しています。

 40年間主流だった新自由主義・ネオコン路線の失敗が積み重なった結果、2016年の大統領選挙で、トランプとサンダースが出てきたわけです。トランプの当選で従来のネオリベ・ネオコンの政治が破壊されました。すさまじい格差社会に苦しむ人々にとり、トランプは壊すに値するものをぶち壊してくれたことになります。

会田弘継

2016年以降は「新しい大きな政府」の時代

 トランプ自身には思想的基盤と呼べるものはなく、「アメリカ・ファースト」の主張も、92年に共和党予備選挙で敗れたパット・ブキャナンのコピーです。新しい革命的な政治運動には、新しい思想が必要ですから、傍流に追いやられていた知識人や従来の思想にこだわらない若手思想家の中に、トランプ現象をチャンスと見て、小さな政府とネオコンに代わる新しい保守思想の枠組みを作ろうとするグループが次々と生まれています。

 彼らは主権国家の復権を共通テーマに「国民保守主義(ナショナル・コンサーバティズム)運動」の旗の下に大同団結し、グローバリスト・テクノクラートのエリート支配を打破し、中間層を救い出す政策転換を試みています。これこそ、現在のアメリカの重要な動向ですが、米国の主流派すなわち進歩派メディアはほとんど取り上げず、そのため日本のマスコミもほとんど理解していません。

 アメリカの思想的再編を狙う主なグループとして、以下があげられます。

◇改革派保守

 まず重要なのはリフォーモコン(Reformist Conservative)、2020年に発足した保守系のシンクタンク「アメリカン・コンパス」に依拠する改革派保守のグループです。共和党の刷新を目指すJ・D・バンス共和党副大統領候補やマルコ・ルビオ上院議員のアドバイザー、オレン・キャスという若き天才が、小さな政府路線を完全に捨てた関税引き上げや産業政策をトランプ政権時代に提案し、それに民主党も乗る形でバイデン政権の2022年CHIPS法(米国内の半導体産業を支援する法)が実現しました。中身はかつて日本の通産省がやっていたような国家主導の産業育成政策で、国家資本主義に近いものです。アメリカ人が高い期待をよせる産業政策を主導しているのがこのグループです。バンスの副大統領候補指名で、一挙に重要性が増してきました。

◇ポスト・リベラルとコミュニタリアン

 ノートルダム大学教授パトリック・デニーンに代表され、保守系論壇誌「アメリカン・コンサーバティヴ」などに依拠する、アメリカの自由主義を根源的に見直すグループがいます。
デニーンの著書「リベラリズムはなぜ失敗したのか」(2018年)では、自由な個人が富を追求する個人主義と財産権に基づく、建国以来の自由主義は、いまや激しい貧富の差や教育格差、労働者の苦境や若者の借金、モラルの崩壊に帰結したと批判します。

 市場原理主義の「リバタリアン(自由至上主義者)」と政府の規制で社会・経済的平等を保障しようとする「革新リベラル」がともに個人主義を強化した結果、国家と市場が「自然」と「文化」を破壊した。そこで近代自由主義に古代ギリシャ・ローマの「自由」を対置し、「欲望や欲求からの自由」、自制を教えるリベラルアーツ(教養教育)の復権を主張します。

 こうした近代自由主義を否定する思想は「ポスト・リベラル」と呼ばれ、デニーンは個人主義と自由主義の行き過ぎを批判し、身近な共同体やアソシエーションの活性化でアメリカ社会を再建しようとするコミュニタリアン(共同体主義者)の一人とされます。日本でも有名なマイケル・サンデルやロバート・パットナムなど、いま勢いのある思想家がとっている立場ですが、左派と右派があります。

◇「アメリカン・アフェアーズ」誌

 トランプ時代の新たな思想形成をめざして、当時31歳の論客ジュリアス・クレインが2017年に創刊した季刊論壇誌「アメリカン・アフェアーズ」のグループも重要です。アメリカ人を困窮させ、自由を束縛する多国籍企業の寡頭支配、すなわちグローバル化に反対し、経済ナショナリズムと国境管理、アメリカ・ファースト外交を打ち出しています。

 従来のアメリカの保守主義を形成してきた「小さな政府、規制緩和、自由貿易」はもう用をなさないと全否定し、思想の組み替えを行うという主張は、戦後保守主義の大転換を意味していますから、注目せざるを得ません。

 このように、レーガン型の政治が終わり、新たな改革保守が出てきて、トランプ現象を機会に新しいアメリカを作ろうとしている、というのが私の見方です。アメリカは次の40年を決定づける、新たな大きな政府の時代に入りました。日本人はこの流れを把握し、激震に備える必要があります。

【略歴】
会田弘継(あいだ・ひろつぐ)
 1951年生まれ。東京外大卒。共同通信ジュネーブ支局長、ワシントン支局長、論説委員長、青山学院大学教授、関西大学客員教授などを務める。現在共同通信客員論税委員。著書に『破綻するアメリカ』(岩波現代全書)、『トランプ現象とアメリカ保守思想』(左右社)、7月10日発売の新著に『それでもなぜ、トランプは支持されるのか―アメリカ地殻変動の思想史』(東洋経済新報社)がある
会田弘継

(取材・構成 工藤博海)

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