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対談「どうする日本!」 小黒一正氏×浅井隆氏
第2回 ここまできた財政危機

特集


 小黒一正(法政大学教授)
 浅井 隆(経済ジャーナリスト)

◇円安で露呈した日本財政の問題

浅井 財政の話に移ります。先生のご専門の日本の財政は現在、どんな状況ですか。

小黒 全体を俯瞰して、かなり厳しい状況なのは間違いありません。日本の債務残高は対GDP比250%です。今は金利がまだ低いので、問題が顕在化していませんが、日本銀行も最近、金融政策を徐々に変更しています。4月の日銀展望レポートに中立金利(自然利子率)の推計が初めて登場しました(47頁のBOX5)。これは2%の物価安定目標の下での金融政策を、幅はありますが、時間をかけて、長期金利を実質0%、名目金利ですと2%前後まで持っていき、短期金利のコントロールもそのレンジまで上げていくという意味です。

 金利が2%なら問題は少ないですが、将来3%に上がれば、国債の利払い費が年間30兆円になりますので、金利はあまり上げられません。そこに限界があり、金利が上げられない日本と、金利の高いアメリカとの差で円安が進んでいます。政府・財務省が円買いドル売りの為替介入を行っても、すぐに円安に戻ってしまいました。為替を通して財政の問題が顕在化している状況です。

◇円安はこれからも続く

浅井 今後の為替の見通しはどうなると思いますか。

小黒 予測は難しいですね。アメリカ経済はまだ景気後退(リセッション)に入っていませんが、大統領選とともにそうなる可能性があります。景気判断を行う全米経済研究所(NBER)の過去のデータでは、アメリカ経済の景気後退は平均10カ月ほどで終わります。このように早いのは、市場原理で調整が行われるからです。

 今年後半の大統領選の結果、来年1月にバイデン・トランプのどちらが大統領になっても、経済対策が行われるでしょう。アメリカの景気後退などで一時的に円高になる可能性がありますが、アメリカ経済に力強さが戻れば、再び円安になるシナリオも高いのではないでしょうか。例えばトランプ政権になれば、中国製品に60%超の関税をかけるなどの動きがあるでしょうが、減税政策なども行う可能性も高く、一期目のトランプ政権でそうだったように、株価も上昇するはずです。すなわち、景気調整局面が一段落すれば、再度円安になる可能性があると思います。

 1ドル=100円から160円の変化をパーセンテージで見ると6割増ですから大きな値動きですが、160円が200円になるのは25%程度ですから、170円や、200円を超える円安水準は大いにあり得るでしょう。

浅井 1985年のプラザ合意の直前は1ドル235円だったのが、翌年には150円台まで一気に円高が進みました。

小黒 為替介入の資金にも要注意です。4月下旬から5月にかけての今回の介入金額が約9兆円と報じられていますが、そう何回も介入できるわけではないので、残りの資金量が少ないとわかった瞬間に、一挙に突き抜けてしまうおそれがあります。

◇インフレの悪影響は財政にも

浅井 これ以上の円安は、日本国内で輸入インフレを加速させますね。

小黒 そうなると、どうしても金利は上がります。それが一番怖いのです。貿易の開放度が下がるとインフレ率が高まることが、世界経済のデータで実証されています。これまでグローバル化で開放的だった貿易に、ややブレーキをかけているのが現状ですから、インフレ率は下がりません。しかも首相の決断で再び延長になりましたが、日本はガソリンや電気・ガス料金への政府補助金が終了すると、これらの料金が上がり、物価がさらに1%前後押し上げられると試算されています。日本の消費者物価(生鮮食品を除くコアCPI)は5月で前年比2.5%でした。例えばそれが3%になったところでトランプの対中関税が報じられたら、さらなる物価上昇圧力になります。それで仮に物価上昇率が4%になり、金利を上げれば利払い負担が非常に重くなる。でも対応しないわけにもいかない、日銀にとって非常に対応が難しい局面になる可能性があるのです。

 すぐにではありません。しかし将来的には、インフレを放置して今のままの財政を続けるのか、インフレを抑制するために、財政に少々痛みをかけても改革を促すかという二者択一の選択を迫られます。いまの日本政府にそういうタフな決定ができるでしょうか。

浅井 インフレ率は確実に上がりますから、来年から再来年が注目ですね。

小黒 電気ガス料金への補助金が再開されるなど、インフレ率がどうなるかはわかりませんが、日銀は為替と金利の関係で、今後、じわじわ厳しくなっていく可能性があることは確かです。

◇日銀当座預金の付利問題

浅井 日銀の当座預金が550兆円ほどあるのも大問題で、先進国ではあり得ませんね。

小黒 この550兆円で日本の国債を支えていますが、今後どうするのでしょうか。これは銀行が持っている国債を、日銀が金融政策のオペレーションで買いあげて、その代金を各金融機関の当座預金に振り込んだものです。民間銀行は預金を集めて貸し出しを行いますが、全てが貸し出しに回るのではなく、余ったお金を国債で運用するわけで、元々の原資は我々の預金です。問題は、物価が高くなり金利が上がったとき、この当座預金の利払いも増えることです。金利を上げると日銀のバランスシートが悪化するので、ある程度抑えないといけません。しかしこの当座預金は我々の預金の運用先の一つですから、利払いの抑制は我々の預金が一部カットされたのと同じことになり、事実上の課税です。

 日銀もある程度金利をつけないといけないとは考えているようですが、それは、金融市場調節の主な操作目標で、日銀が最もコントロールすべき金融機関同士の短期資金貸借(無担保コールレート)の金利は、この当座預金の金利とある程度連動して動くことがわかっているからです。当座預金の金利をずっと押さえ込んだらどういうことが起こるか、日銀の人でも完全にはわからないようです。

 いま日本政府は1000兆円を超える債務を抱えています。日本銀行が持っている550兆円の国債を、国民負担を発生させずに償却できないことだけは確かです。

浅井 何らかの形で必ず国民負担が発生しますね。

◇中央銀行が債務超過になると

浅井 日銀が金利を上げると自らが債務超過になりますね。

小黒 中央銀行が一時的に債務超過になることは、FRB(米連邦準備制度)でも起きていて、債務超過になれば直ちに変調をきたすわけではありません。

浅井 しかし、そこで市場が反応するとまずいことになりますね。

小黒 大丈夫と断言することはできません。現実にはハンドリングを間違っておかしな反応をすると、思いもよらないことが起こります。

浅井 一つの可能性は極端な円安です。

小黒 日本銀行への信認が毀損すると、そうなります。現時点では確率はゼロではありませんが、まだそこまでは来ていません。日銀の問題は、インフレと円安が進むと、金融政策で身動きがとれなくなることです。インフレになれば生活が厳しい国民から、物価対策で金融政策を求められ、しかし利上げをすれば、国債の金利も上がって財政の問題と衝突するので、どちらを向くべきか難しい判断になります。まだ多くの人が気づくところまで問題が顕在化していませんが、危険な兆候は出ています。

◇プライマリーバランスと補正予算

浅井 政府はプライマリーバランスを2025年度に黒字化すると言いますが、できますか。

小黒 補正予算を組まなければ可能です。

浅井 自民党は選挙対策でバラマキをやりたいので、それは無理でしょう。これまでもずっと達成できませんでした。2023年度も13兆円以上の補正を組みました。来年度予算でいいのに、無理に補正に入れている不要なものも目立ちます。

小黒 経済財政諮問会議が出している、国と地方のプライマリーバランスの試算は当初予算ベースで計算しています。安倍政権時代は当初予算と補正予算を入れた決算後の数字とのずれは、それほど大きくありませんでした。岸田政権になってからずれが大きくなり、GDP比で1%以上の差が出ています。ここでも財政規律がゆるくなっていることがわかります。

 ただしプライマリーバランスはあくまでも財政再建の一里塚にすぎません。これがプラスになってもすぐに財政が改善するわけではなく、財政収支の赤字幅が継続的に縮小していく必要があります。

◇規律のゆるみが経済をゆがめる

小黒 通常の市場メカニズムでは物価が上がると、企業の仕入れ価格も上がり、商品を値上げしないと採算割れしてしまいます。そのとき賃金も上がっていれば、安易なコストカットはできませんから、生産性が高い企業が生き残ります。産業構造を転換するためにも企業の新陳代謝が必要ですが、異次元緩和で金利を低くすると、それが進まなくなります。

 金利が下がり、資金調達のコストが1%以下になると、リスクは低いがリターンは1%しかないプロジェクトと、リスクはあるけれどもリターンが5%あるプロジェクトがある場合、企業は1%のプロジェクトを選びます。

 しかし金利が上がり、資金調達のコストが3%になったら、1%のプロジェクトは選ばれなくなります。デフレで物価も賃金も上がらないのに金利を下げると、産業の新陳代謝が停滞し、さらに財政のバラマキをすると、本来ならマーケットメカニズムで淘汰される企業が生きのびてしまうのです。この構図を変えるためにも、財政規律、金利の規律、金融市場の規律が重要です。物価がある程度上昇しつつ、賃金も金利も上がることで、経済が正常に回っていくわけです。

◇日本財政の大改革に向けて

浅井 岸田政権で政府の借金はさらに増えました。具体的にいつとは断言できませんが、日本の財政が持続不可能になる時期が必ず来ます。社会保障の仕組みも含めて改革の大ナタをふるう必要がありますが、今の自民党ではできないでしょう。

小黒 財政が本当に危機的な状況になり、今までのシステムを変えないといけなくなるときがいずれ来ると思います。それまでに国と地方の関係や、社会保障の仕組みをどういうものにするか議論しておく必要があります。単に財政の帳尻を合わせるだけではだめです。

 魔法のような手立てはありません。労働市場や所得が二極化するなか、オランダのほか、フランスやドイツでも、社会保障制度の改革を行い、対応を行っています。日本の医療保険制度(市町村国保)は、所得の格差が大きかったため、任意設立、任意加入でした。1945年の敗戦の結果、戦後に国民の所得がかなり平等になったので、健康保険組合を含め、国民皆保険を整備することができたのですが、労働市場が二極化するなか、日本でも綻びが顕在化し始めています。

 いま、制度がうまくいっていないのは明らかで、例えば年金の平均受給月額は約5万6千円ですから、場合によっては生活保護のほうが高くなります。そうしたシステムの不具合を全体としてどう直すか設計図がない状態で、財政の帳尻を合わせても仕方がありません。ユニバーサルな医療提供の仕組みをどう作るか、まず議論すべきと思います。

浅井 相当な改革が必要ですね。しかも全体的な整合性もとらないといけません。

小黒 雇用環境など、高度成長期から変化した部分が多くあります。夫婦共働きや単身世帯が増えたのに、日本の年金制度のモデル世帯は夫が正社員で妻が専業主婦ですから、現実に対応していません。オランダは年金制度を世帯ベースから単身へと変えました。日本も現実にあわせた制度設計を考える必要があります。

 社会保障と税の再分配の国際比較で、日本の所得が最も低い階層は、アメリカ並みの給付しか受けられていないことが明らかになっています。

 例えば、経済協力開発機構(OECD)の「格差は拡大しているか」という報告書で下位20%の低所得層に対する所得再分配を2000年半ばで国際比較(表参照)しています。この報告書のうち、低所得層への再分配(給付と負担の差額)はオーストラリアが5.8%であるのに対し、日本2%、米国1.9%となっています。この理由は2つあります。まず、家計全体が政府から受け取る現金給付の総額では、日本の値(19.7%)は豪州(14.3%)以上です。ところが移転総額のうち、低所得層に配分する割合は豪州が41.5%であるのに対し日本は15.9%しかないわけです。また、家計全体が政府に支払う税金や社会保険料の総額では、日本の値(19.7%)は豪州(23.4%)並みですが、支払総額のうち低所得層が負担する割合は日本が6%であるのに対し、豪州は0.8%しかない状況です。豪州の再分配は本当の困窮者に集中投下する仕組みですが、日本は非効率な再分配をしていることがわかります。

 きちんとした再分配もできていないために、「税負担に見合う福祉が受けられない」と、政治への不満も高まっています。

浅井 どう改革するか、何から手をつければよいか、次回の最終回で詳しく論じましょう。

(構成 編集部)

<第3回 将来のあるべき姿を議論しよう>に続く

小黒 一正(おぐろ・かずまさ)
法政大法学部教授。1974年生まれ。
京都大理学部卒業、一橋大大学院経済学研究科博士課程修了(経済学博士)。大蔵省(現財務省)入省後、財務省財務総合研究所主任研究官、一橋大経済研究所準教授などを経て2015年4月より現職。専門は公共経済学。著書に『財政危機の深層』(NHK出版新書)『日本経済の再構築』(日本経済新聞出版社)など。
浅井 隆 (あさい・たかし)
経済ジャーナリスト。1954年生まれ。
早稲田大学政治経済学部中退後、毎日新聞社に入社。1994年に独立。1996年、新しい形態の21世紀型情報商社「第二海援隊」を設立。主な著書に『大不況サバイバル読本』(徳間書店)『ドルの正しい持ち方』(第二海援隊)など多数
小黒 一正

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