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コラム 論壇透かし読み 鈴木英生
 第1回 「石丸現象」と既存メディア

コラム

鈴木英生(毎日新聞専門記者)

 2024年7月7日は、日本のメディア政治史における転換点のひとつとして、後年語り継がれるのではないか。東京都知事選での石丸伸二氏の健闘ぶりに思った。

 告示前は、小池百合子都知事と蓮舫氏による事実上の一騎打ちだったはず。石丸氏は、<どこから支持を集められるかを考えると、これが難しい>(『Voice』8月号、西田亮介氏)候補との見方が強かった。

 結果はご存じの通り、石丸氏が約166万票で2位。蓮舫氏(約128万票)に大差をつけた。選挙後の話題は石丸氏に集中し、当選者の小池氏についてはほぼ何も語られない状態である。

 本連載はいわゆる論壇時評だが、今回は、都知事選の投開票日が論壇月刊誌の発売時期とほぼ重なった。故に、新聞系のウェブ記事を主な素材として「石丸現象」を読み解く。

 石丸陣営の選対事務局長、藤川晋之助氏は『朝日新聞』(7月12日ウェブ版)で、石丸氏が選挙期間中、200回超の街頭演説で細かな政策を一切言わず、自己紹介と「政治を正すんだ」だけを繰り返したとする。つまり、石丸氏の演説には政策がない。藤川氏は、それがよかったとする。

 民主党政権から安倍晋三政権にかけて、さまざまな公約が有権者に注目された。が、結局、実現しなかったり、中途半端だったりしたものばかり。結果、有権者らに<政策で勝負しても全然意味がない>との意識が広まった。だから、石丸氏のやり方は「正解」だった。

 政策でなければ、何で勝負したか。藤川氏が<ユーチューバーで無党派層にアプローチする本領を発揮できた>と言うとおり、インターネット動画による宣伝だ。

 石丸氏の動画は、元々、若年層を中心に広く人気だった。広島県安芸高田市長時代の市議とのやりとりなどは、若い世代が旧弊をやっつける構図で理解・拡散され、テレビドラマ「半沢直樹」のような「スカッ」とする娯楽になっていた。今回も、選挙演説を有権者が自発的に動画撮影し、拡散している。「草の根」の「自然発生性」に依拠した選挙。

 石丸氏の動画や演説などが「自己啓発的だ」との指摘もある。伊藤昌亮成蹊大教授は、石丸氏の著作が「自己啓発本」に分類されていることにも触れ、有権者は彼の言葉から<「自分を信じて着実に努力し挑戦すれば自己実現できる」>といったメッセージを受け取っていると推測する(『毎日新聞』ウェブ版7月12日)。

 つまり、石丸氏の演説動画は「気分よく前向きになれる感動コンテンツ」として消費された。投票は、そのお代というわけ。<石丸氏人気は政治現象というよりも経済現象なのです>

 あるいは、『朝日新聞』で鈴木謙介関西学院大教授が、石丸支持の広がりを「単純接触効果」だとしている(ウェブ版7月17日)。テレビや新聞及びそれら発のネットニュースではなくネット動画だけを主な情報源にしている人々の眼前に、都知事選の候補者は<石丸氏しか登場しなかった>。

 逆に、同じネットでも主にテレビや新聞系のニュースサイトなどで情報を集める層は、石丸氏の動画に触れる機会が少ない。つまり情報の入手元によって、小池氏や蓮舫氏だけが「著名人」に見える層と、石丸氏だけが「著名人」に見える層がいた。

 前二者に投票した層と石丸氏に投票した層のそれぞれに、「フィルターバブル」があったと言えようか。

 石丸氏自身、テレビなど既存メディアをさほど重視していないようだ。選挙後のメディア対応でも質問者に対する高圧的な姿勢が目立った。

 象徴的なのは、日本テレビのデジタル特番で社会学者の古市憲寿氏と衝突した場面だろう。古市氏は、旧来の「保守」や「リベラル」の論壇と一線を画した議論で、テレビなどで人気を集めてきた。いわば、「新世代」の論壇人だったはず。石丸氏は、その古市氏すら安芸高田市議同様の「守旧派」扱いしたようなもの。

 石丸氏を「ポピュリスト」(大衆迎合主義者)と呼ぶ向きもある。これまで、ポピュリストと名指される政治家は、小泉純一郎氏や橋下徹氏を筆頭にテレビで人気を博してきた。あるいは、小池氏や蓮舫氏は元テレビニュースキャスターだ。近年の歴代都知事も、舛添要一氏、石原慎太郎氏、青島幸男氏らテレビなど既存メディアが育てた著名人が多い。

 つまり、近年話題になる政治家は「保守」も「リベラル」も「改革派」も、おしなべてテレビ抜きではあり得なかった。ネット動画で大量得票した石丸氏は、そんな彼らを、彼らを支えてきたメディアごと「歴史のゴミ箱」に追いやった。というのは、さすがに言いすぎと思いたいのだが……。

【略歴】
鈴木英生(すずき・ひでお)
 1975年生まれ。毎日新聞青森・仙台両支局などを経て現職。学芸部で長く論壇を担当し、「中島岳志的アジア対談」など連載を元に書籍複数。

鈴木英生

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