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対談 どうする日本! 小黒一正氏×浅井隆氏 第1回

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 小黒一正(法政大学教授)
 浅井 隆(経済ジャーナリスト)

 いったい、この日本はどうなっていくのか。政治を見ても経済を見ても、危機は深まる一方だ。しかし、打開への動きは遅々として進まない。行き詰まっている様々なシステムをどうすればいいのか。警鐘を鳴らし続けている二人の話し合いを3回に分けて紹介する。第1回では、今の日本の抱える問題を点検する。

第1回 日本の問題点を問う

◇老朽化しているシステム

浅井 日本の問題点をあぶり出し、今後どうしたらいいのかを話したいと思います。明治維新が1868年、そこから上昇トレンドに入り、その約40年後に日露戦争に勝利しましたが、それから坂道を転がり落ちて40年後の1945年に敗戦です。戦後は目ざましい経済復興をとげ、1985年のプラザ合意あたりがピークでした。来年はちょうどその40年後にあたり、この40年パターンでいうドン底になります。そして今の日本を支えている制度、システムは老朽化し、行き詰まっています。極端な例が財政で、歯止めが効かない垂れ流し、バラマキが続いています。小黒先生は、今の日本をどうご覧になっていますか。

小黒 よく言われる話ですが、日本はフランスのように国民が革命を起こした国ではありません。明治維新後は西洋の技術を取り込みつつ精神的な部分は残す和魂洋才で進んできました。地租改正、廃藩置県などの改革、近代的な官僚制、陸海軍の整備をしましたが、精神的な統一を図るものが何かを探っていたわけです。

 岩倉使節団やその後の平泉澄といった留学生なども欧米に行き、工業力と軍事力そして近代科学、合理主義などの根底にキリスト教があることを知るわけです。日本ではキリスト教の代わりに天皇制や皇国史観を日本人の精神の基盤とすることにしたのではないでしょうか。戦後は象徴天皇になりました。仏教や神道はありますが、欧米のキリスト教のような厳格に体系化されたものではありません。

浅井 元々日本人は欧米に比べて突き詰めて論理的に物を考えない国民かもしれません。そして、切羽詰まった問題が起きているのに、きちんとした議論ができていないのもそのためかもしれません。

◇憲法や法制度が抱える問題

浅井 私は今日本が抱えている問題は一体何かを考えてみました。

 一つは憲法です。国際情勢が変化する中で憲法9条の改正が言われていますが、憲法改正ではなく、憲法を根本から、ゼロから作り直す必要があると思います。しかも、次の時代を先取りするようなスローガン、例えば冒頭には地球環境の保全を大々的に掲げるべきです。

小黒 戦後は吉田茂が安全保障をアメリカに任せ、憲法9条をあまり議論せず、経済に集中して復興する流れを作りました。この流れ自体は間違っていなかったと思います。ただ、これだけ国際環境が変化して、アメリカ中心の秩序が揺らいでいるわけです。北朝鮮や台湾の問題もあります。憲法改正以前の問題として、現実を直視し、やっぱり自分たちの身は自分で守っていくという、最大限の原則があるわけです。現実問題としては、日米同盟は重要で手を結んでおく必要があります。憲法を改正すれば全てうまくいくという話ではなく、日本人の精神的なものも関係している。それがないと憲法改正の話にもならないのではと思います。

浅井 小黒先生は大陸法(成文法中心)と英米法(判例中心、コモンローとも言う)の問題を指摘されていますね。

小黒 日本が戦前に取り込んだ法律体系はフランスとかドイツの大陸法です。英米系のコモンローとは違う。矛盾が許されず整合性が重視されます。今話題の日本版ライドシェアは米国流のライドシェアとは違います。どうやって既存の法律の運用と帳尻を合わせるのかが難しいわけです。90年代後半の金融ビッグバンの法改正でもそれを感じました。コモンローは裁判所が判断した判例で社会秩序を作っていきます。世の中の環境が変化したときに明治時代に導入した大陸法では非常にやりづらいということです。

◇地方自治、野党の不在

浅井 日本人とは何かを考えることも重要だと思います。戦国時代の日本人はすごく強くて、命がけで戦っていた。江戸時代には非常に上手くコントロールされ、そして明治以降は中央集権で、そして最近はバラマキで、肝を抜かれた。日本人は羊のようになってしまいました。

小黒 廃藩置県で官選知事を置いた戦前では、実態として地方自治で民主主義がなかったわけです。今も戦前の仕組みが残っていて地方自治が弱い。地方自治体の予算はごく限られた部分しか裁量権がなく、あとは国が決めた事業や補助金などです。上の方だけ首長や議会は選挙で選ばれて民主主義になったように見えますが。

浅井 自民党のパーティー券問題でいろいろ揉めていましたが、政治の停滞の原因の一つは、自民党に対抗しうるまともな野党が存在しないことだと思います。90年代からの政治改革が目指す方向に行ったのかどうか。

小黒 中選挙区制を小選挙区制に変えれば二大政党制になって、政権交代をしながら切磋琢磨していく形に変わっていく、首相のリーダーシップ機能を高めれば大胆な改革ができる、という予測でしたね。本当に適切な改革だったのかどうか評価すべきだと思います。

 私が役所に入ったころは、見識がある政治家がおられました。医療、建設、財政とか。それは中選挙区制だから残れたわけです。小選挙区は 1人しか当選しないので、厳しいことを言ったり、まともなこと、専門的知識を持っている人が演説しても、分らない人が多いので当選しないのです。私は小選挙区制が悪いと言う訳ではないですが、日本の風土に合っているのか、どっちがきちっとした政治ができるかをよく考えた方がいいと思います。

◇官僚制を立て直すには

浅井 シンガポールは非常に上手くいっている国ですが、官僚の給料は高く、若者が一番なりたい職業だそうです。国民からも信頼されている。一番優秀な若者が官僚になる。日本は逆に優秀な人が入ってこなくなり、入ってもすぐ辞めてしまいます。

小黒 これは一連の行政の改革の結果だと思います。昔は課長とか課長補佐とかで 若手も時間をかけて政策の議論をして、自分たちでその政策を作ったものを政治家に説明して実現していくようなプロセスがありましたが。今はほぼ無くなっています。官邸主導で総理が言っているからとか、上からどんどん降ってくるわけです。しかも、整合性が取れてないから大変です。東大、京大などの学生の官僚離れや若手官僚の退職も加速しており、官僚制はもう相当壊れてしまっていると思います。

浅井 政策をちゃんと打ち出せる機能を官僚に持たせるにはどうしたらいいでしょうか。

小黒 ドイツやフランス、イギリスなどでは官僚は博士号を持つスペシャリストが多いのです。政府内外のコンテスタビリティ(政策の科学的分析・検証や現行制度の提案の評価、多様な助言・選択肢の検討などの政策競争)の機能も弱い。アメリカも上位の政治任用は別として、下位は専門組織です。日本の場合は学部卒で入って途中で留学したりしますが、高度な分析などできない。圧倒的な差があります。官邸や政治家との関係も含めた制度設計を考える必要があります。

浅井 日本にはまともなシンクタンクが存在しないという問題も重要ですね。

小黒 特に米国は専門人材を多く抱えるシンクタンクがたくさんあります。経済界がお金を出している。議員が立法するので、そこに働きかけて政策を実現する。良いか悪いかは別として米国の民主主義です。 日本の場合はそういう頭の機能が弱いですね。

浅井 例えば1980年代の頃ですが、アメリカが経済的に弱体化し日本に追いつかれたときに、レーガン政権がアメリカ・リバイバル計画みたいなプロジェクトを作りましたが、そこには専門家をたくさん集めていました。

小黒 今もトランプ関連のプロジェクト2025は相当な資金ですごいペースで進めています。

浅井 日本にも今こそ、ジャパン・リバイバル計画が必要だと思います。

◇中央集権から分権の道州制へ

浅井 さらに、中央集権の弊害を取り除くためには道州制が必要だと思いますが。

小黒 これだけグローバル社会、グローバル環境になると、キャッチアップ型の経済は終わって、いろいろトライアンドエラーで試していかなければいけません。特に人口減少のスピード、高齢化のスピード、今後の安全保障の問題とかも考えると、今の中央集権体制はやっぱり限界で、 もう少し柔軟な仕組みに変えていく必要があると思うんです。国の制度はパソコンでいえばOS(基本ソフト)で、全国一律にやると失敗のダメージが大きい。いくつかのブロックに分かれて柔軟に対応していけば、うまくいった所の真似をすることもできます。規模で言えば、例えば九州だけでベルギー、スウェーデン以上の人口がありますから。

浅井 中央集権から道州制というのは江戸時代の藩が持っていた多様性を取り戻すということになるのかもしれませんね。教育も含めて。道州制は多様性と同時に競争という意味合いもあると思います。

小黒 東京中心のメディア、テレビとかの構造も変わると思います。

浅井 日本の場合、外圧か天災か、大きな衝撃がないと人々が変わろうとしないのではと思うんですが。

小黒 本当にこの国が一流の国になるためには、環境が変わったら自律的に自分で変わらなければならないと思います。例えば今の財政ですが、日本のさまざまな問題の1つの兆候だと思うんです。産業構造、社会保障の仕組み、国と地方の関係、いろいろな問題があって、それをどう変えていくのか。具体的な制度設計をするべき時期がきています。

(構成・編集部)

小黒 一正(おぐろ・かずまさ)
法政大法学部教授。1974年生まれ。
京都大理学部卒業、一橋大大学院経済学研究科博士課程修了(経済学博士)。大蔵省(現財務省)入省後、財務省財務総合研究所主任研究官、一橋大経済研究所準教授などを経て2015年4月より現職。専門は公共経済学。著書に『財政危機の深層』(NHK出版新書)『日本経済の再構築』(日本経済新聞出版社)など。
浅井 隆 (あさい・たかし)
経済ジャーナリスト。1954年生まれ。
早稲田大学政治経済学部中退後、毎日新聞社に入社。1994年に独立。1996年、新しい形態の21世紀型情報商社「第二海援隊」を設立。主な著書に『大不況サバイバル読本』(徳間書店)『ドルの正しい持ち方』(第二海援隊)など多数
小黒 一正

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