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 アメリカ新大統領と日本の選択
 渡部恒雄氏インタビュー(全2回)
 第1回 トランプ再選でも世界は終わらない

政治・外交

渡部恒雄(笹川平和財団上席フェロー)

ハリスとトランプは拮抗
 バイデン大統領の選挙戦からの撤退とカマラ・ハリス副大統領の候補者指名で潮目は明らかに変わりました。トランプ前大統領を熱狂的に支持する人はいても、無党派層まで支持が広がりません。例えばニューヨークタイムズ・シエナカレッジ共同世論調査(4/28 ~5/9)で、「今、投票するならどちらに投票するか?」 という質問に、「トランプ」32%、「バイデン」32% と互角でしたが、「わからない」が36%もいました。トランプ支持やバイデン支持よりも、無党派の数が多いことに注目すべきです。

 いったんは高齢のバイデン氏ではもう務まらない、トランプ氏で仕方がないと考えた人も、ハリス氏が出てきて「これは違うぞ」と考え始めたのが現状だと思います。ただし、ハリス氏という人物にどの程度魅力があり、また実力があるかはまだわかりませんので、期待半分ということもあるでしょうが、多くの人がまだ態度を保留中だということです。

 両者の支持は拮抗しており、現時点で「ほぼトラ」の線は完全に消えました。

バイデン政権4年間の評価
 私の印象では、バイデン政権は政策的にはそれなりに成果を上げていると思います。ただし政策面で成果があっても、それが支持につながっているかは別問題です。長期的には評価される政策でも、短期的には人気のない政策はたくさんあります。熱く支持される政策が良い政策というわけでもありません。

 しっかりやっても支持が伸びない例がバイデン政権の経済政策です。政策の選択肢が限られる中、経済を冷やさずにインフレをある程度収束させることに成功したことは政策的には評価できます。しかし以前と比べれば物価は上がっていますから、生活が楽にならない有権者は評価しません。

 外交政策でも、気候変動対策のパリ協定や自由貿易協定のTPP(環太平洋パートナーシップ協定)からの一方的離脱など、トランプ前政権がアメリカの信頼を失わせる政策を行なったにも関わらず、バイデン政権はウクライナ支援などで、欧州やインド太平洋の同盟国をまとめて国際協調路線に回帰しました。アフガニスタンからの撤退は拙速だったと思いますが、アフガンからの撤退を始めたのはトランプ前政権だということを忘れるべきではありません。トランプはいつもの調子で俺がやればもっとうまくできたと吹聴するし、それに同調する有権者の目は厳しいものがあります。それでも、アフガン撤退で肩の荷を下ろした米国の安全保障政策の自由度は増しました。

ガザ戦争の問題
 バイデン政権が一番難儀しているのはパレスチナのガザでの紛争です。民主党内にはパレスチナ人の死傷者の増大にきわめて批判的な左派と、イスラエルを強く支持する中道派の両者が存在しています。対する共和党はネタニヤフ首相を米議会の演説に招待したことでもわかるように、キリスト教福音派とユダヤ系の保守派を中心にイスラエル支持でまとまっています。民主党内の分裂をさけるためにも、バイデン政権はガザでの停戦交渉をなるべく早く実現したいと考えています。バイデン氏はイスラエル支持姿勢を維持しつつも、パレスチナの人道に配慮するように再三にわたり念を押し、イスラエルへの弾薬供給の一時停止を表明するなどの圧力をかけて、イスラエルのガザでの軍事作戦に制約をかけようとしてきました。

 パレスチナ・ガザ地区のあまりにもひどい人道状況を止められない米国を日本から見れば、イスラエル政府にべったりのように映りますが、バイデン政権はイスラエルを突き放すことはせずに、イスラエルと歩調を合わせながらも、停戦交渉を進めるという微妙な外交を展開しています。これは、民主党内のイスラエル支持のユダヤ系支持者という党内事情と、イランおよびイランが支援するヒズボラのような武装組織のイスラエル攻撃を抑止するためには必要な政策で、その現実的姿勢は評価できるものだと思います。

 ただし、それでは人気は出ません。米国内のリベラル派はバイデン政権のイスラエル支持に不満を持ち、保守派はイスラエルへのけん制圧力を批判しています。イスラエル支持でまとまっている共和党のトランプ政権だったら、無条件にイスラエル支持を継続できるでしょうが、それは世界における米国の信頼性をより低下させたはずです。良い政策と国内で人気のある政策は違うのです。

新大統領のイスラエル政策
 イスラエルとの関係で民主党は構造的な問題を抱えています。今回、バイデン氏がハリス氏を大統領候補に推薦し、民主党が彼女を指名候補とすることに納得した理由は、民主党の議員達が、バイデン政権の連続性を重視したことにあります。一つは、バイデン・ハリス・チームとして、これまで蓄積した選挙資金を継続して使用することができるという便宜上の都合です。もう一つは、民主党内の左派と中道が合意して運営してきたバイデン政権の政策を継続するという連続性です。バイデン氏自身は中道ですが、党内左派の意向をある程度反映させて政策を行ってきており、左派も中道も、その延長上でハリス氏の指名獲得に納得したわけです。

 ハリス氏は上院議員時代の投票などから民主党左派と認識され、伝統的なイスラエル支持者である中道のバイデンよりも、イスラエルに対して厳しい姿勢を示しています。ただし、彼女自身はリベラルなカリフォルニア州から選出された議員なので、投票行動はリベラルにならざるを得なかったとは思いますが、本人はイデオロギー的に徹底した左派ではないと思います。おそらくバイデン政権の延長で左派にも中道にも配慮した現実的な政策をとるのではないでしょうか。そのため、ガザ問題についてはバイデン氏同様、苦しい立場に置かれると思います。トランプ側はそこをよくわかっているので、ハリスを「危険な左派」だと批判しています。民主党を左派と中道に分裂させれば、大統領選挙でトランプ氏に優位になりますし、左派に懸念を持つ中道の無党派層を取り込むことができます。

 ハリス氏はネタニヤフ氏の米議会演説をボイコットしませんでした。重鎮のナンシー・ペロシ前下院議長など民主党議員の約半数が明確にボイコットをしましたが、ハリス氏は遊説の予定があると言って出席しなかったのです。ハリスの立場では、党内左派に配慮すれば出席するわけにはいかない。しかし民主党内のユダヤ系のイスラエル支持派に配慮すればボイコットするとは言えないので、その間をとったわけです。これはバイデン政権がこれまでのイスラエルに対する姿勢の延長にあり、適切なバランス感覚だと思います。

 共和党のような明確なイスラエル支持だと、現状では国際社会の理解は得られません。しかし左派の言い分に乗りすぎてしまうと、中道を敵にまわして民主党を分裂させ、トランプ陣営を優位にしてしまいます。米国の同盟国、特に日本やヨーロッパのようにパレスチナ人の権利を尊重し、二国家共存を支持している国は、ハリス氏のバランス感覚を評価すべきだと思います。

ハリスを待ち受ける試練
 とはいえカマラ・ハリス氏の最大の問題はまだ大統領候補としての実力を本格的に試されていないことです。副大統領職というのは主役の大統領を支えて目立たないことが仕事でした。大統領としての指導力や政策観は未知数です。ハリスにとっての最大の試練は、自らの人格に対して有権者からの信頼を得ることです。

 通常なら予備選挙の長い期間があり、選挙戦を戦いながら政策観、信頼への理解と支持を積み上げることができますが、今回は予備選なしにいきなりトランプ氏との選挙戦参入というジャンプスタートになるので、民主党支持者と無党派層に対して、政策はもちろんのこと、この人は信頼できると思わせるようなキャラクターをアピールすることが最大の仕事になると思います。

 今回トランプ氏は、JDヴァンス氏という中西部のラストベルト(錆びた工業地帯)の労働者階級出身で、家族がおかれた苦境を自伝的に書いた「ヒルビリー・エレジー」というベストセラー本の著者からオハイオ州選出の上院議員になった人物を副大統領候補に指名しました。トランプ氏はニューヨーク出身の富豪でありながら、何となく「労働者階級のためにやってくれるだろう」と期待させるのが上手ですが、ヴァンス氏は本物の労働者階級の家庭出身なので、激戦州の中西部とラストベルトの白人対策としては有効な選択です。

 それに対してハリス氏の両親は、どちらもインテリの学者で、リベラルなカリフォルニア州に住み、しかも父はジャマイカ系黒人、母はインド系で、白人ではありませんから、中西部で苦境にある白人の立場からは遠いわけです。低学歴で単純労働に従事し、アメリカの繁栄に取り残され、将来に絶望している、ヴァンス氏が描いた人たちの気持ちをどこまで捕まえられるのか。ここはヒラリー・クリントン氏が2016年の大統領選挙で失敗して、トランプ氏に敗北した点です。非白人でカリフォルニア出身のハリス氏が、トランプ・ヴァンスを好感する人達が多い激戦州のラストベルトでどのぐらい票を獲得できるかが選挙戦の最大の焦点になるでしょう。

ウォルズ副大統領候補とシャピロ州知事
 そこで副大統領候補が大事です。ハリス選対としてはヴァンス氏のようにラストベルトの白人の中間層からの票を獲得できるような白人男性を副大統領候補として検討しました。バイデン氏もラストベルトの一角のペンシルベニア州のミドルクラスの家庭に生まれ、親が事業に失敗して苦しい生活を送った経験があり、生活が苦しい白人層に訴えかけることができる人物でした。ところがハリスはそういう要素を持ち合わせませんから、中西部とラストベルトで、白人ミドルクラス層の票を取れる人ということで、ミネソタ州知事のティム・ウォルズ氏を選びました。

 ラストベルトのペンシルベニア州知事であるジョシュ・シャピロ氏も副大統領候補に取りざたされていましたが、シャピロ氏はユダヤ系であり、イスラエルのネタニヤフ氏には厳しい姿勢をみせてはいますが、民主党内左派の厳しいイスラエル批判を考えると難しかったのでしょう。またペンシルベニアは、選挙人の数が多い最激戦区であり、大統領選挙の勝利のカギを握る州です。選挙結果が僅差になった際に、トランプ陣営は前回同様に選挙に不正があったとして、法律闘争を仕掛けてくる可能性が十分にあります。その際に、州知事が民主党であることはかなり重要です。そのような計算も働いたのかもしれません。

トランプが再び選挙結果を受け入れなかったら
 もしトランプ氏がハリス氏に僅差で敗れ、トランプ氏が前回同様、選挙結果を受け入れない場合、アメリカはどうなるでしょうか。内戦になるという人もいますが、社会の分断を象徴的な意味で「内戦」というならともかく、本当の内戦になることは想像できません。多少の暴力事件は起こるかもしれません。そもそも、アメリカはこれまでもずっと政治的暴力の問題を抱えてきました。これまでの歴史を通じて、暴動や銃撃事件などが頻繁に起きているのがアメリカ社会です。2021年の連邦議会議事堂襲撃事件のような出来事も、また起きるかもしれません。しかし冷静に考えれば、そこに集まった人たちは選挙に不正があったと信じて、それを正そうとして議会に乱入する偶発的なものでした。巷では銃の乱射事件が頻発して多くの犠牲者がでる中、銃撃を準備していたわけではない集団の議事堂襲撃では死者は5人しか出ませんでした。襲撃事件が組織的な武装集団によるクーデターではなかったことを示唆する数字だと思います。

 現在の日本人の感覚として、選挙結果に同意しない勢力が実力行使により結果をひっくり返そうとする行為が、クーデターや内戦に結び付くのは分かります。そして、ミャンマーの最近の状況を例にだすまでもなく、世界ではこのようなことは頻繁に起こっています。

 ただし政府の正統性を巡って軍隊を擁する二つに分かれた勢力が戦うような本物の内戦は、アメリカでは南北戦争以来起きていません。今も米国内には武装した民兵組織(ミリシア)や議会襲撃事件にも参加した「プラウド・ボーイズ」などの極右団体などが存在し、トランプ氏を支持しているために、どうしても内戦の可能性を想起してしまいがちです。しかし、常設の州兵や連邦軍との実力は比較にならず、国内政治から一定の距離を置く、米軍指導者のプロフェッショナリズムは、トランプ氏が大統領の際にも維持されました。トランプ政権で米軍のトップを務めたミリー統合参謀本部議長は引退に際しておこなった2023年9月の講演で「独裁者になりたい人に対して宣誓しない」と明確に述べています。

 トランプ氏が選挙結果に不満なら、あらゆる手を尽くして法廷闘争に持ち込むでしょうし、民主党側もハリス氏が不正な手段で負けたと判断すれば、法的手段に訴える可能性はあります。そうなれば相当な混乱が生じるかもしれません。今回トランプ氏は、大統領時代に3人の連邦最高裁判事に加え、州レベルで連邦地裁の判事などに自分寄りの人を多く任命していますから、前回よりも有利に法律戦を展開できるかもしれません。

 トランプ氏はある意味「正直」な人で6月のバイデン氏との討論会で、「あなたは大統領選挙の結果を勝敗に関わらず受け入れますか」と聞かれたとき、あれこれ言いつつも結局、その結果が公正(フェア)であれば受け入れるという条件を付けました。それは、トランプ氏が主観的に公正でないと思えば、結果を受け入れないという発言ですから、警察も軍も、トランプ氏による選挙結果への物言いが引き起こす非常事態への備えを進めるでしょう。

 アメリカ社会は2021年に、すでに選挙結果をめぐる混乱を経験して、その危険性も理解していますので、同じことにはならないと思います。大統領選の結果、社会がさらに分断され、民主党支持者と共和党支持者が、お互いを敵視するような状態は続くでしょうが、内戦にまで発展するとは思えません。トランプ氏が再選されたら、世界とアメリカ社会にさらなるダメージをもたらすことになるでしょうが、それでも米国は内戦にはならないし、世界は終わらないし、日常は続くということです。アメリカの民主政治はトランプ氏の下でも一定の機能を果たすというのは、我々は経験しております。

 長期的な視野でみれば、既存の政治勢力がトランプ氏の主導するMAGA(アメリカを再び偉大に)運動のような現状に不満を持つポピュリストの勢いをどのように吸収して、現実政治に着地させていくかが、興味のあるところです。共和党はMAGAに乗っ取られましたが、それだけでMAGAを形成している中流以下の白人層の不満を納得させることができるとは思えません。ヴァンス氏のような人材が、MAGAを永続させる役割を果たすかもしれません。それについては次回お話します。

(取材・構成 編集部)

<第2回 日本のための選択「プランAプラス」>に続く

【略歴】
渡部恒雄(わたなべ・つねお)
 笹川平和財団上席フェロー。1963年生まれ、東北大学歯学部卒業。95年に米ニュースクールで政治学修士課程修了、戦略国際研究所(CSIS)に入所し、2003年に上級研究員。05年に帰国、三井物産戦略研究所、東京財団を経て現職。主な著書に『2021年以後の世界秩序 国際情勢を読む20のアングル』(新潮新書)など。

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