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 一水四見 多角的に世界を見る
 小倉孝保

コラム

小倉孝保(毎日新聞論説委員)

第3回 トランプ氏は強くない

 <この屋根(ホワイトハウス)の下で統治する者が、誠実で賢明な人だけでありますように>

 米国の第2代大統領で「建国の父」の一人でもあるジョン・アダムズ(1735~1826年)の言葉である。

 次のホワイトハウスの主は誰になるのか。銃撃事件や突然の候補者交代などハプニング続きの大統領選挙は事実上、民主党のハリス副大統領と共和党のトランプ前大統領の一騎打ちとなった。

 最大の関心事は、「トランプ氏の返り咲きはあるのか」という点である。共和党の候補者指名争いで圧倒的な強さを見せ、選挙キャンペーンでは常に熱狂的な支持者に囲まれている。

 それでも、「トランプ氏は選挙に弱い」と主張するジャーナリストがいる。横田増生氏である。米アイオワ大学大学院でジャーナリズムを学び、帰国後業界紙編集長を経てフリーとなった。

 横田氏の特徴は、身分を隠して大企業などに潜入し、内側から組織の実像を報告する手法にある。前回2020年の大統領選ではトランプ支持者になりすまし、陣営のスタッフになった。

 選挙キャンペーンを「草の根」レベルで体験し、報告したのが『「トランプ信者」潜入一年 私の目の前で民主主義が死んだ』(小学館)である。改めて横田氏に聞いた。

 「ボランティアとして1000軒を超える個別訪問をしました。トランプ氏がいかに嫌われているか。それを実感させられました」

 民主党支持者宅を訪ねると、「何でトランプ陣営のボランティアなんてやっているんだ。とっとと出て行け」とののしられる。

 共和党支持者にも、トランプ氏には投票しないという人が少なくなかった。高齢の医療従事者は、トランプ前政権の新型コロナウイルス対策に嫌気がさして、自宅の庭にあったトランプ氏支持の看板を下ろした。

 「彼の言動が極端すぎて共感できない」。こう語る共和党員もいた。ヒラリー・クリントン氏と争った16年の大統領選挙では、トランプ氏に投票しながら20年の選挙では投票しないという党員には数多く出会う一方、16年には投票しなかったが20年には投票するという党員にはただの一人も会わなかった。

 トランプ氏が何を主張し、どんな政策を実行したとしても、支持を変えない「岩盤支持層」は存在する。「多くは白人男性で高卒程度の労働者階級です。恐らく共和党員の4、5割はいると思います。だから党内での指名争いで、トランプ氏は圧倒的に強い」と横田氏は言う。

 問題は民主党候補と争った時である。「ハリス氏がテレビ討論で失敗したり、何らかの政策で民主党内が分裂したりすれば、トランプ氏の返り咲きの可能性があります。ただ、民主党が結束すればトランプ氏は勝てないでしょう」

 実際、16年選挙でトランプ氏は、獲得した選挙人の数ではクリントン氏に勝ったものの、すべての投票者を合算した総得票数では負けている。また、2年前の中間選挙でも、共和党候補の多くはトランプ氏支持を前面に押し出し選挙戦に挑みながら、予想されたほど圧勝できなかった。

 中間選挙は政府の実績に対する審判に主眼が置かれ、与党に厳しい結果となる傾向が強い。それでも民主党候補は善戦した。今回の大統領選挙でも、民主党が団結すれば、岩盤支持層だけでトランプ氏が勝利するのは難しいはずだ。

 「トランプ氏を再選させれば、好き放題やるだろうと民主党支持者だけでなく、多くの国民が考えている。アメリカの民主主義が壊れてしまうと恐れているのです」

 米大統領の任期は原則、連続・返り咲きを問わず最長2期8年である。1期目は、再選の必要があるため不人気な政策を採りにくい。2期目はその必要がなくなる。

 「だから今回勝利すれば、彼には遠慮するものがない。『トランプ第一主義』の政策を好き勝手やるはずです。国民の多くはそれをわかっています」

 アダムズが願ったように、「誠実で賢明な人」がリーダーになるのか。大統領選挙の投開票(11月5日)まで2カ月を切っている。

【略歴】
小倉孝保(おぐら・たかやす)
1964年生まれ。毎日新聞カイロ、ニューヨーク、ロンドン特派員、外信部長などを経て現職。小学館ノンフィクション大賞などの受賞歴がある

小倉孝保

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