• HOME
  • 政治・外交
  •  岡田陽介氏インタビュー(全2回)  投票を通じた政治家とのコミュニケーション

 岡田陽介氏インタビュー(全2回) 
 投票を通じた政治家とのコミュニケーション

政治・外交

第1回 民主政を支える選挙のいま

岡田陽介(拓殖大学政経学部准教授)

◇有権者の心を探る政治心理学

 政治心理学とは、主に有権者が投票行動に至る際の動機や心理を調査・分析する学問です。世論調査や投票時の出口調査のように「誰に(どの党に)投票したか」「どの政策に関心があるか」と言った項目だけでなく、有権者がどのような心理で政治参加をしているかにフォーカスを当てています。

 投票に行く人がなぜ、そうした行動をとるのかと言えば、一般的には有権者としての義務感などがあると思うのですが、実際にはより広い事象が影響しています。私の著書『政治的義務感と投票参加: 有権者の社会関係資本と政治的エピソード記憶』(木鐸社)でも取り上げていますが、「選挙に行った時の記憶」が影響していることも分かっています。

 子供の頃、親と一緒に投票所へ行ったとか、初めて投票に行ったときに感じた晴れやかな気持ち。あるいは、2000年代初頭に流行したモーニング娘。の歌の歌詞「選挙の日って、うちじゃなぜか、投票行って外食するんだ」というフレーズが記憶として残っていることまでもが、投票に行く後押しになっていたりもするのです。

 また、自分の一票がどの程度、政治的にいい影響を及ぼせているか、も影響してきます。自分が投票した候補者が勝つのであれば、わざわざ投票へ行く時間や労力といったコストが、利益を上回ることになります。仮にコストの方が上回ったり、それが続いたりすると、投票そのものに行かなくなってしまうのです。

◇投票率をどう考えるか

 日本では、特に地方選挙の投票率が40%台のこともあり、投票率が下がっていると指摘されます。大きな話題になる国政でも60%に行けば御の字という状況で、投票率をどう上げればいいのか、有権者にいかに政治への関心を持ってもらうかはメディアでも政界でも大きな課題になっています。

 しかし、逆に見れば国政選挙に限って言えば、有権者のうち60%もの人が参加している一大イベントととらえることもできます。全有権者の半数以上を動員できるイベントは他になく、かつては80%にも達した紅白歌合戦の視聴率でも現状では40%を下回ることを考えると、「投票率60%」というのは、まだまだ関心が高いと言えるのかもしれません。

 とはいえ世界的に見ても投票率は低下傾向にあります。また、政権交代が起きそうである、など大きなイベントとなれば報道も増えるため、注目が集まり、有権者の投票意識にも影響があります。また、自分の一票が大きな変化につながる可能性が高まれば、やはり人々の関心も高まるので投票率もあがることになります。

 また、以前行なった調査では、政治に対する「よい記憶」を持っている場合には、投票行動につながりやすい傾向があります。具体的には、自分の投票によって候補者が勝った、望んでいた政策が実現した、候補者の話を聞いて感激した、候補者と握手をしたらその手が力強かった、などのケースですが、中には「小学校時代の社会科見学で、国会議事堂や議員会館を訪問した」という記憶が、良いものとして残っているというケースもありました。

 一方、「悪い記憶」でいうと、選挙運動期間中、選挙カーの音声がうるさかったとか、投票を依頼される電話が厄介だったなどのネガティブな記憶がありましたが、それ自体はさほど、投票行動にはつながらない(それをもって投票に行かなくなるわけではない)ことも分かっています。

 ただし、一度棄権してしまうと、次も、その次も行かないという循環に陥っていく可能性があるので、やはり選挙は「行かなければ始まらない」ものです。

◇選挙制度が進める「分断」

 私が監訳を担当したマイケル・ブルーター、サラ・ハリソン著『投票の政治心理学』(みすず書房)では、大規模な調査を行った世界6ヵ国(アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、ジョージア、南アフリカ共和国)に共通して、選挙における分断が進みつつあると指摘されています。

それまでは「選挙で決まったのだから仕方ない」「自分が投票した候補は勝てなかったが、有権者の判断に従う」と言ったように、選挙には納得感や解決感を演出する機能があるとされていましたが、近年、それが失われているというのです。

 本書の調査では日本は対象になっていませんが、もし日本でも選挙における分断が進んでいるとすればそれは選挙制度によるところも大きいのではないでしょうか。

 よく言われるように、小選挙区制ではその選挙区から一人しか選出することができません。中選挙区の時代は選挙区が広かったものの、複数当選する可能性があり、ある政策を掲げたA党候補と、それと対照的な政策を進めたいと考えるB党の候補、全く違う観点から立候補したC候補などと言ったように、複数が当選するということがあり得ました。

 しかし今は、「勝った一人と負けた人たち」という構図になってしまい、政党で見ても少なくとも自分の選挙区ではA党が勝てばB党は負けるしかありません。この「勝ち負けがはっきりしてしまう」制度が、分断と呼ばれるものを深めている原因の一つとして考えられる可能性があります。

◇模擬投票による主権者教育

 様々な問題はありますが、政治参加の経験をポジティブな記憶として持てる機会として、主権者教育としての模擬選挙は大きな意味があるのではないかと思います。

 18歳から投票権を持てるようになったことで、高校三年生のクラスには有権者と非有権者が混在する状況となっていますが、主権者教育はいまだに「明るい選挙推進委員会」のポスターコンクールへの応募や、生徒会選挙への参加、「A党とB党の政権公約の比較」と言ったような架空の党や議員を設定しての「ごっこ」としての教育などが中心になっています。

 実際の政党や選挙公約を使った主権者教育は、教育の現場での偏りが生じる可能性があり、中立性を脅かすといわれて避けられていますが、諸外国では実際に有権者が目にする政党のパンフレットやチラシを使った選挙の学びが行われています。

 日本も「ごっこ」から一歩踏み出す時期なのかもしれません。こうした学び自体が政治に参加した「経験」となり、その後の政治参加に対する心理や、投票心理にも大きな、しかも良い影響を及ぼすのではないかと考えています。

(取材・構成 梶原麻衣子)

<第2回 ネット時代の政治参加・再考>に続く

【略歴】
岡田陽介(おかだ ようすけ)
拓殖大学政経学部准教授。2010年学習院大学大学院政治学研究科博士後期課程修了。博士(政治学)。立教大学社会学部助教、拓殖大学助教などを経て、2019年4月より現職。有権者の投票参加や政治家の印象形成など政治心理学に基づいた研究に従事。専門社会調査士。著書として『政治的義務感と投票参加――有権者の社会関係資本と政治的エピソード記憶』(木鐸社、2017年)、監訳書に『投票の政治心理学 投票者一人ひとりの思考に迫る方法論』(マイケル・ブルーター/サラ・ハリソン著、上原直子訳、みすず書房、2023年)がある。岡田陽介

関連記事一覧