「グローバル・アイ」
第6回 西川 恵

パリの街並み

コラム

中曽根康弘とフランス

 石破茂首相はいつトランプ米次期大統領と会談するのか、という問いがメディアで繰り返される。トランプ氏が最初に大統領選で勝利した2016年11月、安倍晋三首相(当時)がいの一番にニューヨークに駆け付け、トランプ氏と会談した先例もせっつく理由だろう。

 しかし同時に、いざトランプ氏と会談となった時、外交経験のほとんどない石破首相はどのような対応をするのか、という未知なものをのぞく興味もあるようだ。安倍氏の朋友だったトランプ氏に、安倍氏に批判的だった石破首相はどう向き合うのか、二人のケミストリー(相性)はどうか、外交マナーは大丈夫なのか……等々。 いまフランスの文明評論家で思想家のジャック・アタリ氏の著作『ベルバティム』に目を通している。ミッテラン仏大統領(1981年〜95年)の特別顧問だったアタリ氏が、毎日の出来事、大統領とのやりとり、雑感などを日記風につづった本だ。いわゆる備忘録。毎夜、どんなに疲れていても欠かさず、一行でも二行でも書いたという。

 この備忘録がカバーするのはアタリ氏が顧問だった1981年から89年までの8年間で、巻末索引に出てくる日本の首相の引用を数えてみた。この8年間、日本の首相は鈴木善幸、中曽根康弘、竹下登、宇野宗佑の4人で、このうち一番多く引用されているのが「ナカソネ」で、文中27カ所に出てくる。

 中曽根氏が首相として最初の外遊先に韓国を選び、訪問した日(83年1月11日)のページ。「中曽根首相のソウルへの最初の外遊。明らかにこの政治家は違っている」

 83年5月の米ウィリアムズバーグ・サミット(先進7カ国首脳会議)では、ソ連が西欧を標的に中距離核ミサイルSS20を展開したことに対抗し、米国も中距離核ミサイルを西欧各国に配備することが決まった。レーガン米大統領を中曽根氏が支え、消極的なミッテラン、西独(当時)のコール首相らを説得したことが知られているが、特に日仏間のやり取りが激しかったことを明かす。

 ミッテラン大統領は中曽根氏に対し「SS20は北大西洋条約機構(NATO)の問題である。一般的な軍備管理に関して日本が発言するのはいいが、NATO加盟国でもないのにSS20についてとやかく言うのはおかしい」と批判した。気まずい雰囲気を改善したのは、サミット後に中曽根氏が大統領に送った書簡だったという。「サミットでの友情とご協力に感謝する」との書き出しで始まり、同氏は仏哲学者パスカルの「人間は考える葦である」との一節を引用し、大統領の安全保障や中東問題についての深い知識と洞察をたたえた。

 また遺伝子操作に関して国際的に検討すべきだとの中曽根氏の提案に大統領が支持を表明したことに、書簡で感謝を表明したという。アタリ氏は記す。「注目すべき指導者だ。大統領は日本との関係強化を決め、国防相を日本に派遣し、中曽根氏をフランスに招待すると決めた」(83年6月9日)

 この直後、同大統領とシュルツ米国務長官の会談で、中曽根氏が話題になった。シュルツ「彼が登場して注目すべき新しい事態になっている。これまで国際会議で日本の首相はすべてに賛成し、何も言わず、何の責任も取ろうとしなかった」。大統領「あのような(経済的に)ダイナミックな国が、なぜいつも寝ているような態度をとれるのか理解できない」(83年6月10日)。

 中曽根氏は85年7月に訪仏し、革命記念日の軍事パレードを大統領と観閲した。両者は昼食を共にし、アタリ氏は「中曽根氏は30年代のフランス人民戦線内閣の首班レオン・ブルムについて大統領の意見を求めた」と、そのフランスへの造詣の深さを書いている。

 当時登場したばかりのソ連(当時)のゴルバチョフ共産党書記長についても二人は意見を交換した。大統領「彼は時代遅れの社会から出てきた近代的な人間だ。彼は力を持つ可能性がある」。中曽根氏「若い彼は前途に25年ある。もし私が彼の立場だったら世界の共産党を立て直そうと試みるだろうが、そのためには平和が必要だ」。大統領はこれに同意したとアタリ氏は記す。

 中曽根首相時代(82年〜87年)、日仏は経済問題やレーガン米政権が打ち出した戦略防衛構想(SDI)などの対応で対立することが多かった。しかし利害は違っても、大統領が中曽根氏を有能な対話相手と高く評価していたことがアタリ氏の備忘録から浮かび上がる。

 おもねるのでもなく、対立を求めるのでもない。経験と知識と洞察、それにユーモアを総動員して相対する。石破首相には有能な対話相手としての資質をぜひ見せてほしい。

【略歴】
西川 恵(にしかわ・めぐみ) 毎日新聞客員編集委員
1947年生まれ。テヘラン、パリ、ローマの各支局長、外信部長、専門編集委員。フランス国家功労勲章シュヴァリエ受章。日本交通文化協会常任理事。著書に『エリゼ宮の食卓』(新潮社、サントリー学芸賞)、『知られざる皇室外交』(角川書店)、『国際政治のゼロ年代』(毎日新聞社)など。

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