一水四見 多角的に世界を見る
小倉 孝保

第8回 ガザはリビエラになるのか
フランス・カンヌからイタリア・ラスペツィアにかけての地中海沿岸は一大観光地で、イタリア側は「リビエラ」、フランス側では「コートダジュール」と呼ばれる。英語の「Riviera」は「海岸の観光保養地」を示す一般名詞になっているほどだ。米国のトランプ大統領は先日、イスラエルのネタニヤフ首相との会談後の記者会見で、この言葉を口にした。
「あそこは中東のリビエラになるだろう」。パレスチナ自治区ガザ地区を巡る発言だった。

リビエラ、ポルトヴェーネレの街並み
2023年10月に始まったイスラエルとイスラム組織ハマスとの紛争は今年1月19日に停戦が発効した。ガザ地区での犠牲は4万7000人を超え、残されたがれきの量は東日本大震災よりも多いという。しかも、その下には、未回収の遺体があり、復旧・復興には想像を絶する時間が必要だ。リビエラとの共通点は「地中海に面している」というだけ、むしろ「天国と地獄」である。
大統領の提案はこうだ。米国がガザを「乗っ取り(take over)」「所有(own)」する。住民を地域外に永久に移住させ、米国主導で地区を再開発する。住民の受け入れ国としては、エジプトやヨルダンなどの周辺国を念頭に置き、サウジアラビアなどがそのための資金を提供する考えのようだ。
米国はこれまで、ユダヤ人(イスラエル)とアラブ人(パレスチナ)の二つの国が共存すべきだと主張してきた。それを無視した発言に、内外から批判が噴出した。住民を強制的に移住させるのは国際法違反である。「法の支配」に基づく国際秩序を無視していては、ウクライナに侵攻したロシアを批判できない。
国連のグテレス事務総長は「国際法に忠実であることが欠かせない」と述べ、ガザを含む形でのパレスチナ国家独立が必要だとの立場を強調した。欧州連合(EU)も、ガザは将来建設されるパレスチナ国家の「不可欠な一部」であるとの立場だ。親米の周辺アラブ諸国も「ガザ所有」に反発した。エジプト、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、カタールなどは声明で、「地域の安定を脅かし、紛争を拡大するリスクがあり、平和と共存の見通しを損なう可能性がある」とした。
第1次中東戦争(1948年)で70万人以上のパレスチナ人がイスラエル軍によって家を追われ、難民となった。ごく少数を除き帰還は認められず、イスラエルは彼らの財産を没収するための法律さえ制定している。パレスチナ難民を受け入れた国は人口構成が変化し、さまざまな問題を抱えた。ヨルダンでは1970年9月、政府軍とパレスチナ解放機構(PLO)が軍事衝突し、多数の犠牲を出した。レバノンの混乱にも難民が影響している。パレスチナ人に同情はしても、国内が不安定化するのは避けたい。それが周辺アラブ諸国にとっての「自国第一主義」である。
トランプ氏は「歴代で最も親イスラエルの大統領」と自認する。そのため国際社会には、今回の発言も、イスラエルによるユダヤ人入植地拡大政策につながるのでは、との懸念がある。イスラエルの極右ユダヤ主義者は以前から、パレスチナ人を追放して、入植地を拡大したいと望んできた。

パレスチナの旗を振る少年
極右のスモトリッチ財務相はトランプ氏の発言を歓迎する。
「我々の土地で最も恐ろしい虐殺を犯した者(ハマス)は、その土地を永遠に失うことになるだろう。今、我々はパレスチナ国家という危険な考えを最終的に葬り去るために行動する」
さすがに米政府内にも戸惑いがあったようで、ホワイトハウスの報道官は、パレスチナ人の移住は一時的になるとの見方を強調した。大統領自身、米軍の派遣を否定している。どうやって「所有」し、リビエラにするのか。実現可能性は限りなくゼロに近いと言っていいだろう。
超大国のリーダーによる、突拍子もない発言に世界は戸惑い、困惑するばかりである。

小倉 孝保(おぐら・たかやす) 毎日新聞論説委員
1964年生まれ。毎日新聞カイロ、ニューヨーク、ロンドン特派員、外信部長などを経て現職。小学館ノンフィクション大賞などの受賞歴がある。