• HOME
  • 政治・外交
  • 危機感バネに結束する欧州       西川 恵(ジャーナリスト)

危機感バネに結束する欧州
      西川 恵(ジャーナリスト)

アメリカ国旗とトランプ大統領

アメリカ国旗とトランプ大統領

政治・外交

英仏独を軸に「戦略的自立」へ
 コラム「グローバル・アイ」番外編

 欧州がこれほど結束したことはいつだったかと思う。ハンガリーのような一部親ロシアの国の不協和音はあるが、英仏を軸に欧州は結束を固めつつある。逆にいえばそれだけトランプ米政権の欧州軽視に対する危機感が強いということだ。

 日本の大企業の社外取締役をしている日本在住のフランス人A氏は、時折フランスに戻って知り合いの政治家や実業家たちと意見交換している。先日、フランスから戻ったA氏から話を聞いたが、トランプ米大統領の言動は問題外としながらも、「欧州の責任も大きい。これまで米国が『このままでは行かない』と忠告していたのに欧州は真に受けなかった」と語った。

◇「保護国と被保護国」だった米欧関係
 トランプ政権の一期目(2017~2021年)の最初の年、トランプ氏は出席した主要国首脳会議(G7サミット)や北大西洋条約機構(NATO)で「アメリカ第一」を押し出し、これら多国間会議を軽視する態度を隠さなかった。NATO首脳会議では、集団防衛を定めた北大西洋条約第5条への無条件の支持も明言せず、欧州の加盟国に緊張が走った。

 ドイツのメルケル首相(当時)はG7サミット終了後の2017年5月、米国を念頭に「他国に頼る時代はもう過去のものになった」と厳しい演説を行って、大きな反響を呼んだ。しかしあれから8年。メルケル氏の危機感が欧州の政策に反映されることはなかった。

 米国はロシアがクリミアを併合した14年以来、NATOで繰り返し加盟国に防衛費のGDP比2%達成を求めてきた。バイデン米大統領が就任した21年時点で達成したのは加盟32カ国のうちわずか9カ国のみ。その後、ウクライナ戦争もあって24年に23カ国になった。

 元仏外相のユベール・ベドリン氏は3月12日、仏フィガロ紙とのインタビューで「1949年にNATOが創設されてから、米欧は対等な同盟関係ではなく、保護国と被保護国の関係にあった」と指摘し、米国もその役割を受け入れてきたという。先のA氏のコメントと重ねれば、「保護してくれることをいいことに欧州は胡坐あぐらをかいていた」ということだろう。しかしこの関係も終わった。ベドリン氏は「トランプ氏にとって欧州は(米国の富への)寄生者であり、貿易の競争相手だ」と言う。

欧州連合(EU)本部

欧州連合(EU)本部

◇文化戦争を仕掛けたバンス副大統領
 「米国は割りを食っているから負担を増やせ」と言うトランプ氏のディールの論理に対して、文化戦争という観点から欧州に衝撃を与えたのはバンス米副大統領だった。

 バンス氏は2月に独ミュンヘンでもたれた安全保障会議の講演で「欧州が直面する最大の脅威はロシアや中国ではなく(欧州)内部から来る」と、欧州の民主主義を痛烈に批判した。欧州連合(EU)は理念的色彩の濃い政策を打ち出す一方、平等・公平の観点から市場原理主義を抑制するさまざまな規制を導入している。米共和党は超国家的な性格をもつEUを基本的に快く思っていないが、バンス氏もEUの規制を「自由の権利の侵害」と批判。また昨年12月、ルーマニアの大統領選挙にロシアの介入があったことを示唆する機密文書が出て、選挙が無効となったことに、「外国からの数十万ドル規模の電子宣伝で選挙をダメにされたというなら、あなた方の民主主義はそれほど強じんではなかったということだ」と言い放った。

 バンス氏の講演は自由、民主主義という基本的価値について米国と欧州の見方は大きく食い違っており、米欧は異なる景色を見ていることを露わにした。

◇欧州独自の防衛力強化への動き
 米国の欧州軽視の態度が露骨になる中、欧州独自の防衛力強化に向けた動きも活発になっている。EUは3月6日、特別首脳会議を開き、「欧州再軍備計画」のために約8000億ユーロ(約125兆円)の資金確保を目指すことで合意した。数年前には考えられなかったことだ。

パリ、エッフェル塔

パリ・エッフェル塔

 フランスのマクロン氏は17年に大統領に就任して以降、安全保障などで米国とは一定の距離を置くべきだとして「欧州の戦略的自立」を主張してきた。しかし対米関係を重視するドイツなど多くの国は冷ややかに見てきた。しかしトランプ氏の再登場で状況が一変した。

 マクロン氏はフランスの「核の傘」を欧州全体に拡大させる構想についても発表し、欧州の有志国と協議に入る方針を表明した。ドイツの次期首相に確実視される保守中道のキリスト教民主同盟(CDU)のメルツ氏が、メディアのインタビューで抑止力強化のために「フランスや英国と欧州独自の核の傘について協議したい」と語ったことに、フランスが呼応したものだった。仏独関係は長らくギクシャクしていたが、新首相登場を機に仏独双方から接近が図られている。

 このフランスの「核の傘」の拡大に、特別首脳会議に出席した幾つかの国々の首脳から「検討に値する」などと前向きな発言があった。EUで最も親米だったデンマークも、トランプ氏が自治領グリーンランドの所有に意欲を示していることに危機感を募らせており、「今から議論が必要だ」(フレデリクセン首相)と述べた。

 3月19日には、EU欧州委員会が欧州の防衛力の強化戦略をまとめた白書を発表した。30年までに加盟国の協調した装備調達を通じ、防衛分野の巨大な「単一市場」を形成し、欧州防衛産業を拡大する。また資金を防空・ミサイル防衛(MD)、弾薬、ドローン、人工知能(AI)などの分野に重点的に投じ、日本や韓国との防衛産業協力の可能性も探るべきだと指摘した。

ドイツ連邦首相府

ドイツ連邦首相府

 ドイツは3月21日、国防費増額のため財政規律を緩和する基本法(憲法)改正案を連邦議会上下両院で可決した。同国は財政赤字をGDPの0.35%までに抑える「債務ブレーキ」を基本法で定めており、改正案は1%を超える国防費を対象とする。厳格な財政規律を堅持してきたドイツにとって歴史的な転換だった。

◇英国が欧州の主要プレイヤーに戻る
 EUの動きとは別に、注目されるのは英国が主要なプレイヤーとして戻ってきたことだ。英国は20年にEUを離脱して以降、EUの国々と冷たい関係にあり、欧州外交でマイナーな存在となっていた。しかし昨年7月、保守党に代わって政権を握った労働党のスターマー首相は、トランプ政権の登場で新たな役割を見出した。それは米欧間の橋渡し役を担うことと、EUやNATOの枠組みを超えたとりまとめでの外交力の発揮だ。

 2月下旬、訪米したスターマー氏は、トランプ氏を国賓で招待したいというチャールズ国王の書簡を手渡し、トランプ氏を喜ばせた。訪米前には「欧州は自らの安全保障にもっと貢献しなければならない」と、27年までに英国の防衛費をGDP比2.5%に増額すると発表した。いずれも米国を欧州につなぎ留めるための方策だ。

 一方で、訪米したウクライナのゼレンスキー大統領がホワイトハウスでトランプ氏やバンス氏と口論になって首脳会談が決裂したのを受け、スターマー氏は帰路ロンドンに立ち寄ったゼレンスキー氏と会談し、ウクライナとの連帯と支援継続を確約した。ゼレンスキー氏のチャールズ国王との面会もセットした。

 3月2日にはロンドンに欧州首脳らを集め、有志国でウクライナ戦争の停戦と和平実現に向けた計画を策定することで合意し、戦争終結後には平和維持部隊を派遣することでも基本了解を取り付けた。欧州の頭越しで米露が交渉していることに対して、終戦後に向けて欧州の計画と決意を示す狙いがあった。

ロンドンの夕景

ロンドンの夕景

 興味深いのはこうした英国にフランスが協調して動いていることだ。危機意識が両国を結束させている面もあるが、マクロン氏にとって米国と特別の関係にある英国の存在は、トランプ氏の説得役としても重要だ。またウクライナ戦争終結後、欧州から平和維持部隊を派遣するとしたら、欧州の二大軍事大国である英仏が中心にならざるを得ない。この英仏協調体制に新たにドイツ首相に就くとみられるメルツ氏がどう絡むのかは、いまの欧州の国々の大きな関心事だ。英仏独という欧州主要3カ国の協調体制が築ければ、久しく低迷していた欧州に自信と求心力を取り戻すことになるからだ。

【略歴】
西川 恵(にしかわ・めぐみ) ジャーナリスト、毎日新聞客員編集委員
1947年生まれ。テヘラン、パリ、ローマの各支局長、外信部長、専門編集委員を歴任。フランス国家功労勲章シュヴァリエ受章。日本交通文化協会常任理事。著書に『エリゼ宮の食卓』(新潮社、サントリー学芸賞)、『知られざる皇室外交』(角川書店)、『国際政治のゼロ年代』(毎日新聞社)など。

ピックアップ記事

関連記事一覧