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メディア・報道の現在 下山進さんに聞く(全2回)
第1回 ジャニーズ問題に見る、メディアの地殻変動

社会・教育

 民主主義国家において、メディア・報道機関は政治や社会をチェックし、国民に伝える役割を担います。今、メディアはその責務を十分果たし得ているのか。現状と課題をマスコミの動向やメディアの現状に詳しいノンフィクション作家の下山進さん(写真)に伺いました。

 第1回はジャニーズ問題を素材として、日本の報道の問題点を探ります。

◇特権の上に横並びしてきたメディア
 ――メディアに期待されている権力や経済力を持ったものの監視は、国内で機能しているのか。その問いの答えとして、下山さんは2023年に大きな注目を集めたジャニーズ問題を例示しました。

下山 インテリジェンス・ニッポンは、新聞社のOBが集まってつくったからか、その質問は、かつては日本の新聞やテレビが権力をチェックしてきたかのように聞こえます。

 そうでしょうか?

 ジャニーズ問題に対する報道は、日本の新聞・テレビのかねてからの弱点をよく表しているように思います。

 ジャニーズ問題では、1999年から2000年にかけ、週刊文春が14回にわたりジャニーズ事務所の創設者で社長のジャニー喜多川氏の未成年に解する性的虐待行為を報道します。

 しかし、週刊文春が、この未成年に対する性的暴行をくりかえしとりあげても、新聞・テレビはまったくの無視の状態でした。

 同事務所は「事実無根」と名誉棄損で㈱文藝春秋を訴えてますが、控訴審の東京高裁で「原告喜多川が、少年達が逆らえばステージの立ち位置が悪くなったりデビューできなくなるという抗拒不能な状態にあるのに乗じ、セクハラ行為をしているとの本件記事(中略)は、その重要な部分について真実であることの証明があった」と事実認定され、2004年に判決が確定しています。

 判決が出てもテレビは取り上げず、新聞は判決の時に小さくとりあげただけで、続報はありませんでした。


1999年から2000年にかけて合計14回掲載された週刊文春のジャニーズ報道

◇BBCが報道したからはじけたのではない
 ――ジャニーズ問題が国内で大きく報道されるようになったのは、2023年3月に英国BBCが喜多川氏の性加害を題材にした長編ドキュメンタリーを放映してからですよね。

下山 よくそう言われますが、海外のメディアが報道したから日本の新聞・テレビがこのような問題をとりあげるようになったというのは、間違いです。

 そういうことでいえば、99年から2000年の週刊文春の連載時にも、ニューヨーク・タイムズが文春のキャンペーン報道に注目し、ジャニーズ問題は『性的虐待疑惑であると同時に、日本のメディア状況の問題でもある』と指摘していました。

 何が、99年の段階と、2023年と違うのか? そのことをよく考える必要があります。

 日本の新聞・テレビは、株式支配で系列化され、日刊新聞法や放送法、再販制度の適用除外等によってそのコングロマリットは守られてきました。日刊新聞法は、日刊の新聞であれば、株式の移動を定款によって制限できるという法律です。そのことによって、日本の新聞社は買収がきわめて難しい。ワシントン・ポストのようにジェフ・ベソスが買うということはできないんです。また放送は免許事業であるため、そもそも新規参入は不可能です。

 インターネット以前には、新聞も放送も、年々売上が増えるという寡占状態の中、大手の芸能事務所と手を組めば(これは大権力ですよね)、あったこともなかったことに出来たということなんです。

 ところが、その鉄のトライアングル(新聞・テレビ・大手芸能事務所)がインターネットという技術革新で崩れていったのが、この20年の大きな変化でした。

 ユーチューブの広告売上は民放をはるかに上回り、ネットフリックスやアマゾンTVなどの有料課金のネットのチャンネルは、グローバルな展開のなかで、多大な制作費用をもってつくったコンテンツで、民放テレビの視聴者の可処分時間を奪っています。

 そうしたなかでは、BTSのようにグローバルに活動しようと思えば、ペドファイル(幼児性愛者)が経営をする芸能事務所に所属していては、難しい。ハリウッドでは、2017年に、ニューヨーク・タイムズやニューヨーカーが、プロデューサーのハーベイ・ワインスタインの長年にわたる女優や従業員への性的暴行とそのもみけしを調査報道で明らかにし、ジェフリー・エプスタインの事件もあって、そうした芸能事務所のタレントを使うことは不可能になっていました。

 2023年秋になって民放各局が、一斉に反省の検証番組を放送することになりますが、その大きなきっかけは、グローバルに活動する企業が、ジャニーズ事務所のタレントを使っている番組から一斉におりはじめたことが理由でした。

◇規制を乗りこえてやってきた大波
 つまり、規制をやすやすと乗り越えて、インターネットという技術革新による地殻変動の大波がやってきた、それが、2023年にジャニーズ問題がおおきくはじけた最大の理由です。

 そうした地殻変動の中でメディアが生き残っていくためには、ジャニーズの報道で見られたような、記者クラブの横並び体質の軛(くびき)から脱する必要があります。

 ジャニーズ報道を新聞・テレビがやらなかったことの言い訳のひとつに、「警察が事件にしなかった」というのがありますが、そもそも警察が逮捕しなければ、検察が起訴しなければ、報道しないというのがおかしいです。

 ニューヨーク・タイムズやニューヨーカーのハーベイ・ワインスタインの報道は、被害者の実名の告発を得て、自らの責任でおこなった調査報道でした。

 記者クラブに依拠しながら、政策当事者の言い分を報道していく、というやりかたでは、持続可能なメディアにはならない、ということを次回(9月12日配信)の、日本のメディアの中での例外の成功例を探っていくことで深めていきたいと思います。

(聞き手 長谷川 篤)

【略歴】
下山進(しもやま・すすむ)
 1993年コロンビア大学ジャーナリズム・スクール国際報道上級課程修了。文藝春秋で長くノンフィクションの編集者を務めた。元上智大新聞学科非常勤講師、慶應義塾大学総合政策学部特別招聘教授。現聖心女子大学現代教養学部非常勤講師。著書に『アメリカ・ジャーナリズム』(丸善、1995年)、『勝負の分かれ目』(KADOKAWA、2002年)、『2050年のメディア』(文藝春秋、2019年)『アルツハイマー征服』(KADOKAWA、2021年)、『2050年のジャーナリスト』(毎日新聞出版、2021年)。最新刊の『がん征服』(新潮社、2024年)でも、「がん」に関して専門家の言い分をそのまま報じるだけの横並び報道のリスクがまた指摘されています。
(下山進さんの最新刊、「がん征服」新潮社)

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