マネー侃々諤々 関和馬

コラム

 関 和馬(経済アナリスト)

第1回 円安とマネタリスト

 相変わらず日本円が売られている。年初から6月末までの円の対ドル騰落率は-12%強と、経済の劣等生として有名なアルゼンチンのペソやトルコのリラにも見劣りする。

 どうしてこんなことになっているのか。日米の金利差や貿易赤字などがその主な要因として挙げられることが多いが、大事な点が忘れられている。「通貨供給量」のことだ。

 市場関係者の中にはマネタリスト(貨幣主義者)と呼ばれる人たちが存外にも多い。彼らが信奉するマネタリズム(貨幣主義)は多くの経済学者から否定的な見解が出されているが、実際に市場で取引する為替トレーダーの中には通貨供給量を参考に買いか売りかを判断している人が相当数いる。

代表的なのが「ソロス・チャート」だ。このソロス・チャートは著名投資家のジョージ・ソロス氏が考案したもので、ある2国間の通貨供給量(マネタリーベース)を比較して、その量が多い方の通貨を売り、量が少ない方の通貨を買うという単純なモデルである。

 このソロス・チャートに基づくと、日本円は圧倒的に「売り」だ。一国の通貨供給量(マネタリーベース)を知るには中銀のバランスシートを見ればいい。リーマン・ショックやコロナ・ショックを経て近年は各国で中央銀行の資産が膨れ上がってきたが、マネタリーベースはその負債側で大きな割合を示す。

 今年2月末時点における日銀の総資産は対GDP(国内総生産)比で128%。これに対してFRB(米連邦準備制度理事会)のそれは27%でしかない。ECB(欧州中央銀行)のそれは対GDP比32%と、これも日本を大きく下回る。先に日本円の対ユーロ相場は過去最低を記録したが、ソロス・チャートに基づくと当然と言えば当然のことであった。

 もちろんソロス・チャートは絶対的なものではないが、私の肌感覚ではとりわけグローバル・マクロ戦略を得意とする海外投資家たちはこうしたシンプルなモデルを好む。考案者のジョージ・ソロス氏はもちろんのこと、その盟友であるジム・ロジャーズ氏、さらにはサブプライム・バブル崩壊で名を馳せたカイル・バス氏などが代表例だ。

 そのバス氏は、2022年4月にお会いした際、日銀の行動(すなわち無我夢中でお札を刷る様)を「クレイジーだ」と喝破し、1ドル=200円も時間の問題だと指摘している。

 主要国で対GDP比よりも多く通貨を供給しているのはまさに日本だけであり、マネタリストの観点ではまさに狂気の沙汰だというわけだ。新興国においては際限なくお札を刷ってしまうことは珍しくないが、この点に限ると日本は新興国の方に近い。

 問題はその先行きだ。2022年からFRBやECBが通貨供給量を絞ってきたこととは対照的に、日銀はようやく今年7月の日銀金融政策決定会合でついにその計画は公表するが、深刻な債務問題が横たわっているここ日本では一筋縄とはいきそうにない。むしろ恐ろしいのは現在の通供給量がなし崩し的に維持され、次の危機でさらに増量してしまう事態だ。

 歴史は、一国が通貨を乱発し過ぎた際の“結末”を多く教えてくれている。それは金本位制に回帰した場合を除き、ほぼすべての例で深刻なインフレが襲ったということだ。マネタリズムの有効性については未だに議論が続いているが、敢えてマネタリズムの視点に立つと、日本は相当に危うい局面に立たされていると言えるのである。

【略歴】
関 和馬(せき・かずま)
第二海援隊戦略経済研究所研究員。米中関係とグローバル・マクロを研究中。

関 和馬

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