「トランプのアメリカ」との付き合い方 ――
杉山元駐米大使が語る外交最前線 <上>

トランプ氏の外交姿勢などを語る杉山元駐米大使=中澤雄大撮影
「トランプ1.0」にどう対処したか
過激な発言で世界を震撼させているトランプ米大統領の第2次政権が1月20日始まる。ウクライナや中東などの戦争は押さえられるのか。高率関税は実行されるのか。気候変動など山積する課題はどうなるのか。世界中が身構えている中で、日本はどう対峙していけばいいのか。トランプ大統領の1期目に駐米大使として、対米外交の最前線を担った杉山晋輔氏に、トランプ政権との付き合い方を聞いた。
◇「非伝統的」な大統領、非常にチャーミングな人
――大使としてトランプ大統領と何度も会った印象は? どんな人物ですか。
杉山 トランプという人は、20世紀に入って、あるいは第二次大戦以後、存在しなかった「非伝統的」なタイプの大統領です。8年前に当選した時は、ビジネスマンで大富豪、テレビのアンカーパーソンとして有名でしたが、ワシントンの政治の世界では「誰?」という人物でした。私は1期目の最初の1年間は外務事務次官として東京にいて、大使として赴任してからの3年間に直接お目にかかりました。
会った印象を一言で言えば、非常にチャーミングな人でした。そうでなければ、あれだけ裁判沙汰になって、いろんなことがあるのに熱狂的なファンがいることの説明が付かないでしょう。人口3億人以上のアメリカで、8年前に勝ち、4年前は負けたけれども、また勝ったというのは、人間として魅力的でなければ、ああはならないでしょう。
大勢の前での演説も非常に上手ですが、1対1で会った時の温かみもあります。優しいし、よく喋る。勘のいい、非常に魅力的な人です。稀有な才能、カリスマもある。非常に「旗」が立っていて強い個性を持っているので、大好きと言う人もいますが、絶対嫌だと言う人もいます。

ワシントンのホワイトハウスで、トランプ大統領が見守る中、杉山駐米大使とロバート・ライトハイザー米国通商代表部(USTR)代表は2019(令和元)年10月7日、日米貿易協定及び日米デジタル貿易協定に署名した

ホワイトハウスで行われた日米貿易協定と日米デジタル貿易協定の調印式で、トランプ大統領と握手する杉山駐米大使
その点、バイデンさん(現大統領)はその対極です。37年間も上院議員で、外交委員長になり、副大統領を8年務め、それで大統領になった人なので、非常に常識的だし、伝統的なワシントンの上院議員という感じの人です。
◇アメリカ社会の変化が生んだリーダー
――新著『日本外交の常識』(信山社)では、「トランプ現象」の本質は、トランプという個人が原因というより、歴史の流れの中で結果として現れたものと指摘しておられます。
杉山 この8年間のアメリカ政治は、トランプかトランプでないか、トランプが好きか嫌いか、で動いていたところがあると思います。一歩下がってみると、いわゆるトランプ現象は、トランプさんが起こしたというより、アメリカの社会がああいうリーダーを望んでいた、それでトランプさんがああいう形で出てきて、たまたまハマり役だったということだと思います。アメリカの社会が大きく動いているのです。
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杉山氏の新著『日本外交の常識』(信山社刊)。外務事務次官や駐米大使を経験した著者が、外交についての基本的枠組みや日本の対外政策の基礎に関する「常識」を語る
アメリカ社会は移民で成り立ってきた人種の坩堝(るつぼ)ですが、白人が圧倒的に優位だった社会が2040年代には白人の人口が半分を割ると言われています。2026年にアメリカは建国250周年を迎えますが、白人が半分を割る社会になった時に、アメリカはどうなるのか。大きな流れの中で、トランプという人が出てきたのだと思います。アメリカが(トランプ氏に対して)一体何を求めたのだろうということをよく考えたほうがいいでしょう。
トランプ氏はアンチ・エスタブリッシュメント(既成勢力に対する反対派)なのです。本人は白人で、大金持ちで、フロリダにマララーゴ(別荘、マルアラーゴとも)という大邸宅を持つ、経済的に豊かな人ですが、いわゆる伝統的な共和党の保守とは違う姿勢を示したことで人気が出ています。貧しい白人に訴え、黒人の男性の中でも彼に投票する人が結構いたといいます。白人のエスタブリッシュ・ソサイティに対するアンチテーゼ、アンチ・エスタブリッシュメントの姿勢を出したところが非常に受けています。そういうリーダーをアメリカは求めていたのでしょう。アメリカは本質的に変わらざるを得なくなっていると思います。
◇安倍・トランプの関係の深さを実感
――トランプ氏と元首相の安倍晋三氏は大変仲が良かったそうですが、間近に見てどういう印象を?
杉山 何度か大統領と2人で話をして、安倍首相(当時)とトランプ氏が非常に個人的に近しいことがよく分かりました。トランプ氏は用件を一言二言話すと、すぐに「シンゾーは元気か」「最近どうしてる」「よろしく言ってくれ」という話になります。そして、「あなたはシンゾーの大使なんだから、いつでも言ってきてくれ」「いつでも電話してくれ」と言われました。そう言われても、大統領なので無理なんですが(笑)。首脳会談でも安倍総理が(「杉山をよろしく」と)言ってくれたし、みんなもそれを知っているので、大使としては非常に仕事がやりやすいところがありました。大変ではありましたけど。
大統領に直接連絡することはないですが、チーフ・オブ・スタッフ(首席補佐官)、大統領の分身のように執務室など四六時中一緒にいる人に、大使赴任後、少ししたら連絡できるようになりました。大使はだいたい国務省の次官補とやってくれということですから、首席補佐官と直接連絡させてもらえたのが良かった。トランプ政権では、国務省の次官補、局長と話をしても上に上がらないのです。首席補佐官、国家安全保障担当補佐官、あるいは経済諮問会議の委員長、こうした大統領直接のアドバイザーと話ができないといけません。しかし、放っておいたらそうはならないのです。私はいろいろ営業努力をしました。いくら安倍・トランプが仲良くても、我々のレベルでは普通は良くならないですから。
◇上・下院議員に「ノック・ザ・ドア作戦」
――大使赴任直後に上院議員全員を訪ねたそうですが、成果はいかがでしたか?
杉山 幸い、大使着任後にすぐに信任状の奉呈があって活動できるようになりました。普通は何カ月もかかりますが、(米国側が)安倍さんに気を使ってくれたのだと思います。
まず上院議員100人、とにかく誰彼構わず訪ねました。上院の議員会館は三つあり、一つのビルに30何人ずつ、広い部屋があります。とにかく上から下まで全部ダーッと回りました。僕が行ったのは3月末でしたから、(ワシントンの)桜祭りのバッジと私の紹介パンフレットを持って。とにかく「ノック・ザ・ドア」です。スタッフに「アポイントメントもないのに何ですか」って聞かれ、「着任の挨拶です」と答える。全部回るのに何日もかかりました。たまにいる議員もいますし、本人が出てこなくても、ちゃんとした補佐官が出てくれればいい。そのうち、だんだん会ってくれるようになった。下院議員は435人いて、全員はとても無理なので、(重要と考えた)100人から150人ぐらいですか。
なぜそうしたかというと、安倍・トランプは仲が良いので、トランプ氏の方で用があれば大使は呼ばれますが、そうでなければ呼ばれないのです。何とかしてトランプ氏と直接話ができる人にアクセスしたいと思ったわけです。上院議員、下院議員、それと州知事です。トランプ氏に近い共和党の知事がいます。州知事は地元に行けば大使だと会ってくれるのです。「トランプさんに電話する時に、よろしく言ってくれ」というようなことです。
一生懸命回っているうちに、(先方からも)来てくれるようになります。州知事もワシントンに来た時に大使公邸に寄ってくれる。和食を出して、お酒を出したりして仲良くなる。オフィスで話をするのとは全然違います。そうすることで、ホワイトハウスの一番のキーの人たちに少しずつアクセスできるようになりました。何かあったら電話で「悪いけれど大統領に言ってくれ」とか、「日本だって事情があるから、これじゃあ困る」とか言えるようになる。
これは普通の大使ではなかなかできないわけです。各国大使でできるのはイギリスとイスラエルとサウジアラビアぐらいだと思いました。トランプ大統領の1期目では(英国以外の)欧州の大使とはあまり良くなかったですね。ドイツ、フランスの大使は「何で日本だけアクセスがあって公邸にも人が来るのか」と驚いていました。それは、親分(首脳)同士があんまり良くないのと、決定的にヨーロッパの営業努力が足りないからだと思います。僕が「100人ノック・ザ・ドアしたか」と尋ねたら、「そんなことするわけないだろう」と言うわけですから。
◇決定的だった大統領就任前の会談のいきさつ
――トランプ氏と安倍元首相との関係、なぜあれほど良くなったのでしょうか?
杉山 安倍さんとの関係については、当選直後の2016年11月17日にトランプタワーで会って胸襟を開いたことが決定的だったと、トランプ氏本人も言っています。
あの大統領選では、予想に反してトランプさんが勝ちました。各国首脳がお祝いの電話をするわけで、安倍首相も電話して、そこで本人に聞いたわけです。「自分は11月にリマ(ペルーの首都)のAPEC(アジア太平洋経済協力首脳会議、11月19、20日)に行くから、その途中に会えますか」と。トランプ氏が「もちろん」と応えた。あの時、各国首脳は誰もが警戒していました。トランプ氏は選挙中にもとんでもないことをたくさん言っていたので、どの国もみんな様子見でしたから。トランプ氏は、「東洋の大国(Greater in Asia)の宰相がまず自分の所に来てくれた」と感じたのですね。「とにかく晋三ってすごく良いやつだ。俺にも外交ができるじゃないか」と。その後就任してすぐ、2月10日に首脳会談をたっぷりやって、食事をして、それからマララーゴに行ったわけです。そして27ホール(11日に2カ所で18ホールと9ホール)。もちろんゴルフも楽しかったでしょうが、最初の出会いが決定的だったんですね。本当に安倍さんのことは好きだったと思います。アメリカの対外政策の一丁目一番地は対中政策です。対中政策では日本が非常に大事だということも勘の良い人だから考えておられたと思います。
◇就任前の会談「ダメですよ」と反対した
――最初の会談については安倍氏から相談を受けたそうですが?
杉山 2016年の大統領選時、私は外務次官でしたので、当選が決まってすぐ、11月11日に安倍総理に聞かれました。当選のお祝いの電話は当然どの国の首脳もやるわけですが、安倍さんは「その時に(トランプ氏に)会いたいって言ってダメかな」と言われたのです。私は「ダメですよ」と反対しました。「みんなそう言いますよ」と。要するに、リマ行きの途中に給油でニューヨークに寄ることになっていて、3時間あるので、トランプ氏と会いに行きたいと。「17日にトランプさんはニューヨークにいるかな? トランプタワーに」と聞かれ、「分かりませんが、いるかもしれないですね」と答えました。そして私は「普通はダメですよ。1月20日まで待てば大統領になるんだから」といろいろダメな理由を説明しました。現職のオバマ大統領が不愉快に思うに決まっている。前例もないし、プロトコル(外交慣習)に反する。当選したばかりで、国務省やホワイトハウスのブリーフも聞いていないでしょうし、リスクが大きいです。しかし、安倍さんは「それは、自分の責任でやるんだけど、それでもダメか」と。そこまで言われたら、こちらは「総理がそこまで覚悟を持ってリスクを取る、責任を取るとおっしゃるならば、僕らはちゃんと付いて行きます。アレンジします」と言わざるを得ない。その結果、実際に行ったら大成功だったわけです。あのリスクの取り方、覚悟には驚きました。
その後、安倍総理が帰ってこられてお会いした際に「僕は反対したけれども、良かったですね」と申し上げたら、「もう済んだことは良いんだ」と言われた上で、「オバマさんは怒っていたろうな」と聞かれました。「怒ってますよ」と答えたら、安倍さんは「オバマには、あれだけど世話になったから、最後に辞める前に挨拶したい」とおっしゃる。「12月のクリスマスに彼はハワイへ帰ってゴルフをやるだろう?」と尋ねられたので、「そうかもしれません」と答えたら、「ハワイで首脳会談できないかな」と言われるわけです。しかも「パールハーバーへ行きたい」と。僕はびっくりして、「パールハーバー、大丈夫ですか」と申し上げたら、「君の心配することじゃないだろ」と。「要するに外務省はダメなのか」と重ねられたので、僕は「外務省は前からやってもらいたいと思っていましたけれど、国内でいろいろ文句を言う人もいるのではないでしょうか」と応じたら、「そんなものは君の問題じゃない、リスクは俺の責任でちゃんとやる」と。そうした結果、2016年12月26日にオバマ大統領と最後の首脳会談をやることになったわけです。ここでも、安倍さんのセンス、肚が据わっていることには感心しました。
――トランプ氏が国賓で訪問したことも日本への好印象を強めている?
杉山 2019(令和元)年に今の両陛下が最初の国賓としてトランプ夫妻を招いてくださったことも大きいですね。特に宮中の晩餐会(5月27日)が印象的だったそうです。あのトランプさんが、というのも何ですが、英語でserenity 、静寂さ、上品さ、宮中での体験にすごく感銘を受けたとのことです。両国国技館での大相撲観戦もトランプ氏の記憶に強くあるようです(5月26日、初優勝の朝乃山=西前頭8枚目=に大統領杯を授与)。準備は大変でした。土俵は土足はダメで、大統領に靴を脱げと言うのですが、今度は砂で滑ったら、と心配でした(黒いスリッパに履き替えて実施)。僕は(駐米大使として)その場にいましたが、大統領が入場の時も退場の時も会場は総立ちで拍手喝采、成功だったと思います。
(取材・構成 冠木雅夫)
杉山 晋輔(すぎやま・しんすけ) 元駐米大使、元外務事務次官
1953年生まれ。早稲田大学法学部中退、オクスフォード大学修士。外務省入省後、条約局条約課長、韓国公使、エジプト公使、アジア太平洋局長、外務審議官(政務)、外務事務次官、駐米大使などを歴任。現在、外務省顧問、早稲田大学特命教授。著書に『日本外交の常識』(信山社)、共著に『国際紛争の多様化と法的処理――栗山尚一先生・山田中正先生古希記念論集』(同)など。