マネー侃々諤々 関 和馬

コラム

 関 和馬(経済アナリスト)

第3回 中国のIT極秘文書

 中国の経済不況の解消は一筋縄ではいかないが、そんな中国経済にもそれなりに光明はある。それはハイテクセクターの堅調さだ。

 一つの極秘文書がある。それが79号文書「消A」だ。米ウォールストリート・ジャーナル(3/12付)によると、中国政府が2022年に作成したこの文書は、米国産技術の排除を強化するよう指示する内容で、この取り組みは「Delete America(米国を排除)」を表す「Delete A」とも呼ばれる。79号文書は機密性が極めて高く、高官や幹部らは文書を見せられただけで、コピーを取ることは許されなかったようだ。そこには、金融やエネルギーなどの分野の国有企業に対し、ITシステムで使われている外国製ソフトウエアの置き換えを27年までに完了するよう指示されていたという。

 すなわち、ハイテク部門の自給自足を実現しようというわけだ。その成果は着実に出ている。たとえば、ウォールストリート・ジャーナル(8/13付)の報道によれば、中国の通信機器大手ファーウェイ(華為技術)の自主開発したAIチップ「Ascend 910C」の性能は米エヌビディアが23年に披露した「H100」と同等の水準だと、同社が顧客会社に説明した。

 米国はかねてからファーウェイの排除を画策してきたが、実のところ世界のネットワーク機器市場における同社の優位性は揺らいでいない。むしろファーウェイが米国の対中制裁を糧に以前より強くなったとの分析も聞かれる。エヌビディアのジェンスン・フアン最高経営責任者(CEO)は23年末、AIチップ開発競争においてファーウェイは「非常に手強い」ライバルの1社との認識を示していた。

 ハイテクに賭ける中国共産党は理系を重視している。近年はハイテク分野に通じた理系学生が共産党に入党することが目立つだけでなく、22年に3月に突入した習近平国家主席は、科学技術を巡る米国との覇権争いを背景に、航空宇宙や人工知能(AI)など戦略的に重要な分野に詳しい人材を共産党指導部に多く起用した。205人で構成する共産党中央委員会のうち約4割が理系で、この割合は過去最高の水準である。

 また、理系の人材プール育成にも余念がない。習近平氏が国家主席になってからの10年間で、中国は約60万人の博士号取得者と約650万人の修士号取得者を輩出した。米ジョージタウン大学安全保障・先端技術研究センター(CSET)によると、25年に中国が輩出する科学・技術・工学・数学(STEM)分野の博士人材は8万人にもなる見込みで、これは米国の年間博士輩出数の2倍に相当する。

 中国の科学技術水準は未だ日米に見劣りするが、それでも強力なライバルであることに変わりはなく、技術的ブレイクスルーにより「中所得国の罠」(新興国が中所得国になった後、経済成長が停滞する現象)を克服できるかもしれない。中国経済についてはネガティブな報道が目立つが、ここは冷静に観察していく必要がある。

【略歴】
関 和馬(せき・かずま)
第二海援隊戦略経済研究所研究員。米中関係とグローバル・マクロを研究中。

関 和馬

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