一水四見 多角的に世界を見る
小倉孝保

英国バッキンガム宮殿
第9回 英国の王室外交と米国の政治
英米両国は特別な関係で結ばれている。とはいえ第二次世界大戦後に限っても、ぎくしゃくすることは少なくなかった。そのたび英政府は「王室」という外交カードを切ってきた。
顕著な例は第二次中東戦争(1956年)である。エジプトのナセル大統領がスエズ運河の国有化を宣言すると、英仏両国とイスラエルはこれに反発して軍事行動に出た。
米政府は植民地主義による侵略戦争は許されないとして即時停戦を要求する。軍事行動への支持を期待していた英国にとり、米国の対応は予想以上に冷たかった。
関係改善の機運を作ったのは、エリザベス女王による即位後初の訪米である。戦争の翌年10月、首都ワシントンでアイゼンハワー大統領と会談し、メリーランド大学ではアメリカンフットボールの試合を初観戦している。大きな選手たちに囲まれコイントスを観察する、若き女王の姿に米市民は親しみを覚えた。
フォークランド諸島を巡る紛争(1982年4~6月)でも両国の関係はうまくいかなかった。諸島は大西洋の南部、アルゼンチンの沖合にあり、19世紀から英国が実行支配している。主権を主張するアルゼンチン軍が上陸したのに対し、英国が派兵して軍事衝突になった。この時、米国のレーガン大統領は南米諸国との関係改善を進めており、アルゼンチンを批判するのに消極的だった。
サッチャー英政権は6月、レーガン氏とナンシー夫人を英国に招くと、エリザベス女王は二人を特別にウィンザー城に滞在させる。夕食会でレーガン氏は紛争での英国の立場を支持し、6日後に英国勝利で戦闘は終了する。さらに翌83年には、レーガン氏が個人的に女王夫妻を自身の地盤であるカリフォルニア州に招き、両国関係は改善した。
それから42年の今、トランプ米政権とスターマー英労働党政権の関係はかつてなく難しい局面に入っている。昨年の米大統領選挙中、英労働党スタッフが米国で対立候補のハリス副大統領を支援した時、トランプ氏は「外国による干渉だ」と猛反発した。大統領の側近であるマスク氏は以前、スターマー首相について、検事総長時代(08~13年)に性的虐待を阻止しなかったと非難していた。パレスチナやウクライナの紛争を巡る姿勢でも、両国の隔たりは大きい。
そんな中、スターマー氏は2月27日、ワシントンでトランプ氏と会談した。そこで頼ったのが王室の影響力だった。スターマー氏は背広の内ポケットからやにわに封筒を取り出し、「チャールズ国王からです」と手渡した。
<世界には今、さまざまな難問があります。それを考えると、我々両国は価値観を維持、促進するために重い役割を担っています。>
読み終えたトランプ氏はご満悦な様子で、「素晴らしい署名だ。そうだろう?」と言いながら、目の前の記者たちに国王のサインを見せた。
トランプ氏は1期目の2019年、英国を訪れ、エリザベス女王の歓迎を受けた。近代以降、国賓として英国から2度招かれた指導者はいない。前任のバイデン氏は一度もなかった。英政府はまさにトランプ氏を特別に遇した。ただ、気候変動問題だけを見ても、対応に熱心なチャールズ氏に対し、ほとんど無関心のトランプ氏である。エリザベス女王時代のようにはいかないという見方も根強い。(注:指導者の肩書きは「当時」)

小倉 孝保(おぐら・たかやす) 毎日新聞論説委員
1964年生まれ。毎日新聞カイロ、ニューヨーク、ロンドン特派員、外信部長などを経て現職。小学館ノンフィクション大賞などの受賞歴がある。