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コラム グローバル・アイ 西川恵 
第1回 変わる英王室と皇室

コラム

西川恵(毎日新聞客員編集委員)

 天皇、皇后両陛下が国賓として初めて英国を訪問した。本来は4年前の2020年、エリザベス女王の招待で訪問予定だったが、新型コロナ感染問題で延期された。この間、女王が逝去(2022年)され、改めてチャールズ国王の招待での訪問となった。

 天皇陛下と国王は互いに皇太子時代から親交を結び、現在は64歳と75歳と、弟と兄のような関係だ。二人の置かれた立場も似ている。戦後生まれで、天皇、国王を継いだ時期もそれぞれ19年、22年と近い。そして何よりも偉大な先代を持ち、どのように自分たちのカラーを作っていくか注目されている。

 この点で今回の訪英で私の目を引いたのは、バッキンガム宮殿の晩さん会(6月25日)でのチャールズ国王のスピーチだ。国王は冒頭、日本語で「お帰りなさい」と述べ、19世紀末に日本に山登りの面白さを紹介した英国人登山家ウォルター・ウエストンを例に引いて、「私たちの趣味ですら共通のルーツがあり……陛下と私も含めて、山登りを愛する気持ちは両国の多くの人々が共有するものです」と述べた。

 国王は5回にわたる自身の訪日体験や、両国の提携・協力関係の深化に一通り触れた後、再び天皇との共有体験に戻り、今上天皇が皇太子として英国に留学中、一緒にオペラを観たり、フライフィッシングをしたことを引いて、「外国で暮らすことが一生の友情と思い出を作ることになるのです」と結んだ。

 国王のスピーチは女王のスタイルとは大きく異なる。女王は大所高所から威厳をもって語りかけた。世界を長年見てきた自負心と、大英帝国の伝統を引き継ぐ者の尊厳に溢れていた。一方、国王は身近なエピソードを交え、親しみやすく語りかける。目線が市民感覚だ。スピーチではハローキティやポケモンにもユーモラスに触れた。

 国王は昨年、韓国の尹錫烈(ユン・ソンニョル)大統領を国賓で迎えた時の晩さん会には、Kポップのガールズグループ「ブラックピンク」を招待している。エリザベス女王の時の厳粛な晩さん会では考えられないことだ。

 両陛下に同行したある随員は、英王室から緊張したピリピリした空気が消え、アットホームでなごやかな雰囲気だったことに驚かされたと私に語った。世界の王室で最も格式が高く、他の王室の範とされてきた英王室が、主が変わるとこれほどまでに変わるのか、と。

 これは国王の人柄とスタイルの反映であると同時に、国王夫人カミラさんの存在もあるようだ。カミラさんは女王に長年仕えていた侍従、女官など側近を一掃し、自分の人脈から側近を選んだ。「自分たちの新しいやり方でやっていく」との決意だったのだろう。

 おそらく儀礼やしきたりでは先例に拘らない新しいやり方が導入されていると思われる。70年の長い在位中、英王室の伝統と格式を守ってきたエリザベス女王だが、チャールズ国王は時代に即して王室を改革しようとしているようだ。

 この英王室の変化を敏感に感じたのは、女王時代の王室をよく知る陛下ご自身ではなかったかと思う。さらに忖度させてもらえば、自分たちも皇室をどのように新しい時代に適応させていくか改めて考えられたのではないだろうか。

 実は今上天皇も英国で新しいやり方を取り入れ、晩さん会の答礼スピーチを英語で通された。前例踏襲、伝統墨守の皇室にあって、これは特筆していい出来事だ。国賓で招かれた世界のトップが相手国の言葉でお礼のスピーチをしたケースを私は寡聞にして知らない。

 実は陛下と皇后は、上皇、上皇后時代のやり方を少しずつ変えられている。外国の賓客向けの宮中の供宴は、フランス料理にフランスワインと明治以来、決まっていたが、両陛下の強い希望で、昨年末、和食の前菜と日本酒が取り入れられた。

 また平成の時代までは、天皇、皇后両陛下が国賓で外国訪問に出発する時は、皇族方が揃って羽田空港まで見送りに出られた。しかし今上天皇は羽田空港で見送るのは秋篠宮ご夫妻だけ、と変えられた。あまり知られていないが、大きな変化だ。

 新しい皇室を作っていこうとされている両陛下が、変わりつつある英王室を目の当たりにしたことは、英国訪問の大きな成果の一つだと私は感じている。

【略歴】
西川 恵(にしかわ・めぐみ)
 1947年生まれ。毎日新聞テヘラン、パリ、ローマの各支局長、外信部長、専門編集委員。フランス国家功労勲章シュヴァリエ受章。日本交通文化協会常任理事。著書に『エリゼ宮の食卓』(新潮社、サントリー学芸賞)、『知られざる皇室外交』(角川書店)、『国際政治のゼロ年代』(毎日新聞社)など。
西川 恵

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