第二期トランプ政権と北朝鮮の核ミサイル問題
平岩 俊司(南山大学教授)

日本政府の対北朝鮮政策──
「核保有」既成事実化阻止の立場を堅持せよ
二期目のトランプ大統領が北朝鮮とどのように向き合うかは、今後の東アジアの安全保障環境に大きく影響を与えることになる。バイデン政権期、2023年のキャンプ・デービッド合意に象徴されるよう、日米韓協力を前提として北朝鮮の核ミサイル問題に向き合う方針が打ち出されていたが、はたしてトランプ政権がこの合意にどう対応するのか。本来であれば日本は韓国と協力して、日米韓協力を維持すべくトランプ政権へ働きかけなければならなかったし、そうした動きはすでにはじまっていた。
ところが、昨年12月に尹錫悦大統領が非常戒厳を宣布したことで状況は一変した。韓国国会はこれを即座に否定し、尹錫悦大統領は弾劾され、その是非を問う憲法裁判所も弾劾を妥当とした。こうして尹錫悦大統領は職務停止となり、本年7月3日の大統領選挙で、保守派の与党候補を破って進歩派の李在明政権が誕生した。李在明大統領はこれまで反日的発言を繰り返してきたが、大統領選挙の過程で実用主義を掲げ、日本との協力は不可欠との立場を強調し、その一方で、北朝鮮問題については、日米韓の協力を維持しながらも対話に意欲を見せた。このように米韓の首脳が交代したことで、北朝鮮問題と日米韓関係はどのような展開を見せるのだろうか?
◇非核化交渉に応じない北朝鮮 緊密化するロ朝関係
北朝鮮の核ミサイル問題の現状を考えるためには、19年2月の第2回米朝首脳会談まで遡る必要がある。19年のハノイにおける米朝首脳会談が事実上決裂した後、米朝双方は自らの望むような形での交渉を再開させようとした。しかし、スモールディール(段階的な非核化)を望む北朝鮮に対してトランプ政権はビッグディール(完全な非核化と制裁解除のディール)を求め、両者の溝は埋まらなかった。
さらに20年からは世界中がコロナ禍への対応に追われ、その過程で行われたアメリカ大統領選挙でトランプ大統領の再選はならず、北朝鮮は次のバイデン政権と向き合うこととなった。ところが、バイデン政権が積み上げ方式の米朝協議を求めると、北朝鮮はこれを拒否し、国防5カ年計画に邁進した。
17年11月の火星15の発射実験成功によってアメリカ全土に届く核ミサイルによる核武力の完成を宣言した北朝鮮は、第2回米朝首脳会談決裂を契機として、単にアメリカに届く核ミサイルの精度をあげるのみならず、在韓米軍、韓国軍、在日米軍、さらにはグアムの米軍基地を視野に入れたより広範で精緻な国防力強化に励んだ。
その結果、国防5カ年計画で目標とされた極超音速滑空ミサイル、水中及び地上固体エンジン大陸間弾道ミサイル開発、軍事偵察衛星などなど、多くの目標を達成したとしている。すでに自ら核保有国であることを憲法に規定している北朝鮮が、非核化交渉──すなわち第二回米朝首脳会談の続きに応じるとは思えない。
ところで、この国防5カ年計画についてはロシアの役割について考える必要がある。北朝鮮はロシアのウクライナ侵攻直後からロシア支持の立場を取りロ朝関係の緊密化に務めた。一方のロシアも、23年7月27日の朝鮮戦争休戦70年記念式典にショイグ国防相(当時)が参加し、その際、プーチン大統領は祝電でそれまで一度も公式に認めたことがなかった朝鮮戦争へのソ連軍の参戦に言及し、朝鮮半島情勢への関与に積極的姿勢を見せた。
その後金正恩はウラジオストックを訪問して宇宙基地を見学し、この過程で北朝鮮はロシアに対して砲弾を提供するなど、軍事協力が進んだ。そうした動きを決定づけたのは、24年6月のプーチン大統領の北朝鮮訪問である。このとき締結されたロ朝条約(ロ朝戦略的パートナーシップ条約)には、いずれか一方が攻撃を受けた場合、他方は軍事的支援を行う、という軍事介入条項が含まれている。
同様の条項は、1961年に締結されたソ朝条約(ソ朝友好協力援助条約)にあったが、冷戦終結の過程の96年、ロシアは同条約を破棄しており、今回の条約でそれが復活した形だ。その後、ウクライナ戦争への北朝鮮軍の派遣が報じられたが、本年4月、同条約に基づいてウクライナがロシア領に越境攻撃を加えていたクルスク州の奪還作戦に、北朝鮮軍が参戦したことをロ朝両首脳が明らかにした。
◇「新冷戦」体制を巡り、中朝の温度差が露呈
そもそも北朝鮮のロシア接近は朝鮮半島をめぐる対立構造についての北朝鮮のイメージとの関連で理解する必要がある。金正恩委員長は2021年9月に「新冷戦」との言葉を用いて日米韓に向き合う、としたが、金正恩がイメージする冷戦期の朝鮮半島の対立構造は、中国、ロシアを後ろ立てとして日米韓に向き合う、というものだった。

北朝鮮・平壌。国家スローガン「朝鮮民主主義」「人民共和国万歳!」を掲げる
ところが、冷戦終結の過程でロシアは韓国との経済関係を優先し、96年には既述のソ朝条約も破棄したため、それ以降、中国が北朝鮮にとっての唯一の後ろ立てとなっていた。冷戦期、中ソの対立、葛藤を利用しながら自らの行動空間を確保してきた北朝鮮にとって、中国のみが後ろ立てとなる状況は必ずしも好ましいものではなかったはずだ。
たとえば、先の国防5カ年計画との関連で核の小型化などのためには七回目の核実験が必要では、との指摘があるが、中国の反対で七回目の核実験に踏み切れない、との見方もある。それゆえ、ロシアとの関係強化で本来の冷戦期の対立構造に戻し、中国の影響力を相対化したいとの思いがあったとしても不思議ではない。
習近平主席は21年4月に「いかなる形の新冷戦にも、イデオロギーの対立にも反対する」、そして李強首相も23年3月に「一方的な制裁や新冷戦に反対する」と、それぞれ国際会議で述べていた。24年は中朝国交正常化75年の年だったが、とくに最高首脳の往来もなく、低調に終わったが、それは中朝の温度差を象徴する事例と言ってよい。
◇北朝鮮「国防5カ年計画」完成を契機に、対米「対話」姿勢に転じる可能性も
トランプ大統領は、大統領選挙の過程から、「私は金正恩ととてもうまく付き合った」として北朝鮮政策に意欲を示していた。それに対して北朝鮮は「朝米対決の秒針が止まるかは米国の行動如何にかかっている」としながら、「公は公、私は私であって、国家の対外政策と個人的感情は厳然と区別するべきだ」として慎重な姿勢を示していた。
しかし、かりにトランプ大統領が北朝鮮を事実上の核保有国として交渉を求めれば、それに応じる可能性は高い。北朝鮮からすれば、ハノイで決裂した後に模索した「新たな道」──すなわち、国防5カ年計画とロ朝関係の緊密化で構築したいわゆる「新冷戦」体制で、アメリカと向きあう準備はできているとの立場だろう。国防5カ年計画の完成がその前提であることは間違いないので、国防5カ年計画完成の宣言が対話姿勢に転ずる合図となるかもしれない。
◇韓国新政権──米朝関係が動き出せば、南北関係を連動へ
さて、このような状況下、スタートした韓国の李在明大統領は就任式で、「北朝鮮との意思疎通を図る窓口を開き、対話と協力を通じて朝鮮半島の平和を構築する」との決意を語った。
これに対して北朝鮮は、韓国の大統領選挙について「共に民主党の候補、李在明が21代大統領に当選した」として事実関係のみ報じた。もとより、アメリカとの向き合いを最優先課題としている北朝鮮が、韓国新政権の呼びかけにすぐに応じるとは思えない。
しかし、北朝鮮の核保有を前提に米朝交渉が動き出し、トランプ大統領が北朝鮮に南北関係の改善を求めたらどうだろうか? 第1期、北朝鮮に核放棄を迫ったトランプ大統領は、北朝鮮には「明るい未来が待っている。ただ、カネは日本と韓国が出す」とした。李在明政権としては、日米韓の協力体制を維持しつつ、米朝関係が動き出した瞬間、それに南北関係を連動させるべく準備することになるだろう。
このような状況で、日本としては北朝鮮政策の基本──すなわち、拉致・核・ミサイルの包括的解決を目指し、国際社会と協調し、対話と圧力を使いながら北朝鮮に姿勢変化を求める、ということになる。その際、北朝鮮の核保有については絶対に認められない、との立場をアメリカ、韓国に対して繰り返し強調し、かりに軍備管理交渉として米朝協議がスタートしたとしても、北朝鮮の核放棄こそがゴールであることをアメリカ、韓国と確認する必要がある。米韓が共鳴して北朝鮮の核保有を既成事実化するような動きだけは絶対に受け入れられない、との立場を堅持する必要があるだろう。

平岩 俊司(ひらいわ・しゅんじ) 南山大学総合政策学部教授
1960年、愛知県生まれ。慶應義塾大学大学院法学研究科後期博士課程単位取得退学。博士(法学)。静岡県立大学教授、関西学院大学教授などを経て現職。専門は現代東アジア研究、現代朝鮮論。主な単著に『北朝鮮はいま、何を考えているのか』(NHK出版新書)、『北朝鮮は何を考えているのか』(NHK出版)、『北朝鮮──変貌を続ける独裁国家』(中公新書)、『朝鮮民主主義人民共和国と中華人民共和国──「唇歯の関係」の構造と変容』(世織書房)。共著に『独裁国家・北朝鮮の実像──核・ミサイル・金正恩体制』(朝日新聞出版)など。