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 佐藤主光教授インタビュー
 ルール無き財政がもたらした病状(全2回)
 第1回 日本経済全体が財政依存に

経済・財政

佐藤主光(一橋大学教授、財政学・公共経済学)

 日本の財政危機は社会保障や医療、安全保障などあらゆる分野に影を落としているだけではない。経済そのものを財政依存という病気に至らしめているというのだ。立て直すにはどうすればいいのか。近著『日本の財政―破綻回避への5つの提言』(中公新書)などで警鐘を鳴らしている一橋大学の佐藤主光教授に背景と解決策を語ってもらった。

◇デフレが既得権化してしまった

 最近の日本では、物価対策であれ経済政策であれ、すぐに財政出動ということになります。なぜこういうことになったのか。原因は二つあると思います。

 一つは経済的な背景、もう一つは政治的、あるいは財政制度的な要因です。

 経済的な背景では、ここ20年間、あるいは30年とも言われますが、デフレだったということです。2000年以降、金利がほぼゼロでした。デフレ経済、つまり慢性的な需要の不足と、金利がゼロの世界に、あまりにも人々が慣れ親しんでしまったのです。経済学者はドーマー条件と言いますが、成長率に比べて金利を抑え込んでいるので、成長率がマイナスにならない限りは、成長が金利を上回るわけです。特に2010年代、黒田日銀総裁の下であまりにもデフレに慣れ親しんでしまいました。

 海外でもリーマン・ショック以降は積極財政を行っています。アメリカの著名な経済学者、サマーズ、ブランシャール、あるいはクルーグマンも不況期においては積極財政を求めています。ただ、今の日本は潮目が変わってきて、もはやデフレではないわけです。政府は「デフレからの完全脱却」を目指すと言いますが、物価上昇は日銀が言っていた2%を越え、実際はもうデフレではありません。デフレギャップが若干残るという人もいますが、明らかに縮まりゼロに近くなっています。ただ、賃金上昇は人手不足によるもので、生産性が高まった、景気が良くなったからとは言えませんが、需給ギャップも減り、物不足よりは、はっきりと供給制限が進んでいます。人手不足なので十分に生産活動ができない。供給に歯止めがかかり、需要だけ回復している状況です。

 実際の経済状況が変わったのに、人々の認識があまり変わっていないようです。今の学生が生まれたときからこの国はデフレです。インフレを知っている最後の世代は、私の世代、小学生のころに第2次オイルショック(1978年10月~82年4月)がありました。若い政治家もインフレを知らないし、そもそも若い人は金利を知らないですから、財政規律と言われてもピンとこない人が多いと思います。

 今に至るも政府が「デフレ脱却」と言いにくいのは、デフレが既得権化しているからです。政府としては、デフレから脱却したと言うと、財政は引き締めなければいけないし、さすがに増税もしなければいけないし、金利も上げないといけない。それが嫌なのでしょう。 デフレじゃないと困る人が世の中にたくさんできてしまった。

◇財政ルールがない国

 次に、政治的な、財政制度的な要因というのは、この国には財政ルールがないということです。膨らませることはできるけれど、閉じることができない。私はよくネットで緊縮財政派と書かれますが、財政規律は別に緊縮財政という意味ではないのです。財政規律とは財政コントロールという意味であり、不況期には財政出動し、景気が良くなったら、あるいは不況から脱したら、逆に引き締めるということです。このコントロールがこの国はできてないのです。

 実際、コロナのときは決算ベースで約150兆円まで財政は膨らみました。20兆円、30兆円の補正予算も当たり前に出てきました。ところが、コロナが終わり、少しは下がったけれど、10兆円を超える規模の補正予算が常態化しています。地方創生交付金をコロナ対策で使ったことがありましたが、今はそれを物価対策として使っている。看板をすげ替えながら、財政出動が続く状態です。予備費もそうです。本来コロナの予備費だったはずが物価対策になり、ウクライナ対策になる。広げた風呂敷が閉じない、閉じるルールがないのです。

 ヨーロッパではマーストリヒト条約で縛りがあります。アメリカでは、トランプ政権、バイデン政権とも向こう10年間の財政収支を出し、支出を拡大したときに一応は10年で帳尻を合わせるルールになっている。1990年代のクリントン政権ときに、「ペイアズユーゴー(Pay As You Go)原則」という仕組みを入れ、歳出拡大、新規事業を起こすときには必ず既存の事業を見直すか何か財源を確保する形で赤字を出さないようにするというルールを作りました。日本の場合はそうした財政ルールがないのです。

◇日本では市場の規律も働かない

 日本の場合は、実はマーケット(市場)からの規律も働かないのです。これは先ほどの経済状況、ゼロ金利の世界に関わります。例えば英国ではトラス・ショックと言われたように、財政赤字を膨らませることになって、金利が上がったわけです。(2022年、新任のトラス首相が大幅減税策を打ち出した直後に通貨、株、国債が暴落し首相退陣となった事例)ギリシャでも一時期、IMFの緊縮財政に抗して左翼政権が財政出動すると言ったら金利が上がった。イタリアでもそうですよね。両国とも独自に金融政策をコントロールできないので、日本とは状況が違いますが、政治の代りにマーケットがコントロールしたのです。しかし日本ではマーケットのコントロールも効かない。日銀が国債をいくらでも買ってくれるからです。市場関係者は別に国債を信頼しているのではなく、国債を買ってくれる日銀を信頼してきたわけです。今になって日銀が国債購入を減額するというので、状況が少し変わってくるとは思いますが。

 当初予算はリーマン・ショックで85兆円ぐらいから100兆円近くになりました。危機対応のときに膨らんだ予算がそのまま維持されるのです。民主党政権では子供手当、その後はアベノミクスの第2の矢に使われていく。2019年に消費税率を10%に上げるときに大盤振る舞いしました。クーポンまでやってポイント還元をしました。その後、コロナがあって一気に拍車がかかっていったという流れです。

<一般会計税収、歳出総額及び公債発行額の推移>


財務省ウエブサイトより

◇補正予算の意味が変わった

 昔から補正予算で経済対策というのはありましたが、規模が違います。昔はせいぜい2兆円、多くて5兆円台でした。財務省的に言うと、国の予算は多少余る傾向にあり、税収も上がります。その「浮いたお金」でまかなえる補正予算は「政治的なおまけ」という意識だったのだと思います。ところがこの3兆円から5兆円程度の「かわいい子供」だったのが、(実際のところ3兆円でもかわいくないと思うのですが)、もう10、20兆円ということになってきている。

 20年度の第2次補正予算案はすごいものでした。30兆円のうち10兆円が予備費。何に使うのかという議論になった。コロナ禍で仕方がない部分もありましたが、その後、5兆円の予備費について会計検査院に指摘されています。アメリカはコロナ対応が終わったら、補正予算を切りましたが、日本は看板を付け替え。この5兆円が物価対策になったわけです。

 雇用調整助成金でもガソリン補助金でも一時的な対応であれば仕方ないのですが、いつまでも続くのです。電気ガスの補助金はまた復活させる。始めるとやめられない。雇用調整助成金も臨時対応であって、そのあとは事業者の皆さんが頑張ってください、新しい産業を興すように、新陳代謝を促しましょうといえば良かった。アメリカはそれをやった結果、今の成長がある。労働が成長分野に移動したのです。しかし、日本はやらなかったので、非効率な分野に労働が張り付いたままなんです。

◇原則通りにいかない予算編成

 日本の予算は概算要求でシーリングをかけますが、値切られることがわかった上で多めに出すわけです。予算要求でふっかけたものを基準にしているので、財務省的には切ったと言うのですが、元々が過大なんです。最近は予算額を明記しない事項要求というのも増えています。さらに、重要政策を補正に回すことも多くなっています。

 私は今、行政事業レビューやっているので分るのですが、ずっと補正で措置されている事業が結構あることが分かりました。環境省とか総務省でもありました。財務省と各省庁のある種のディール(取引)という部分もあると思います。財務省は当初予算を綺麗に見せたいので、「一軍」的なピッカピカの、誰も文句をつけないものは当初予算に入れて、そうでないものは入れたくない。例えばGX(グリーン・トランスフォーメーション。カーボンニュートラルと経済成長の両立を目指す取り組み)も補正で始まっています。国家的に重要だと思われていますが。既得権益が多いので当初予算には入り込む余地がなかった。 逆に補正でやった方が「これ補正で付けました!」と政治的にアピールできることもあります。補正の役割がずいぶん違ってきているのです。

 本来は当初予算の中で補正に含める部分も議論しなければなりません。逆に言うと、もしGXなど新しい予算が必要ならば、他の部分を切って下さいというのが正しいと思います。そうすれば、補正ではなく、当初予算の枠の中に収まる。それをやらないから、結局溢れたものがみんな補正に回っていくのです。

 ですから、補正をやめろというのが正しい言い方だと思います。あるいは、単年度予算が良くないと言うのであれば、補正を出したら、次の年の当初予算は減らせばいいんです。今年10兆円の補正予算を組んだら来年度当初予算は10兆円減らしてくださいと。それで帳尻合わせてくださいと。さすがに当初予算から10兆円をいきなり減らすのは嫌だと言ったら、5兆円ずつ2年で帳尻を合わせる。海外の複数年度予算の趣旨は、このように複数年度にわたっての財政収支を均衡させるため、今年使い過ぎたら来年減らすというものです。

◇経済全体が財政依存に

 ここ20年で日本経済は財政に頼るようになってしまいました。1990年代のバブル崩壊後には公共事業をばらまいて、地方の公共事業依存が拡大しました。2000年代、小泉純一郎首相が公共事業を切ったら地方が不況になった。格差を広げたと指摘する人もいますが、裏を返すと地方経済がいかに公共事業に依存していたかということです。

 ところが、元々は地方圏、農業、中小企業の特徴だった財政依存が、ここ20年、特にアベノミクスの10年の間に、日本経済全体に拡大してしまいました。良くないのは、大企業がやたら減税、財政出動を求めるようになったことです。半導体でも減税や補助金を求め。GX、DX(デジタル・トランスフォーメーション) でも金を出せという。創薬や自動車産業、研究開発税制も含め、経済のコアのところが財政依存を高めてしまいました。財政出動という麻薬が日本経済全体にも蔓延してしまっているのです。本にも書きましたが「経済成長なくして財政再建なし」ではなく、「財政出動なくして経済活動なし」になってしまっています。

 しかし、円安もあって企業の現預金が200兆円を超えています。法人の利益は最高益です。企業はお金を持っているのです。やはり、デフレ経済対策。次にアベノミクスの第2の矢のように、財政出動によって景気を浮揚させるという施策の結果です。不況期には正しいのですが、あくまで短期的な措置、カンフル剤であり、長期の経済成長を促すものではありません。そのカンフル剤にみんながたかり始めた。本来経営者は政治から自由でありたいはずで、そんなに政治に関与されていいのと心配してしまいます。

(取材・構成 冠木雅夫)

<第2回 経済を強くし財政を健全化するには>に続く

【略歴】
佐藤 主光(さとう・もとひろ)
一橋大学教授(財政学、公共経済学)、経済学部長。1969年生まれ。一橋大学経済学部卒業、カナダ・クイーンズ大学経済学部Ph.D.取得。一橋大学准教授などを経て同大教授。政府税制調査会委員・特別委員、内閣府規制改革推進会議委員などを歴任。著書に『地方税改革の経済学』(日本経済新聞出版社)、『公共経済学15講』(新世社)、『日本の財政–危機回避への5つの提言』(中公新書)など。佐藤 主光

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