米次期大統領と国際政治(全2回)
中西寛・京都大教授に聞く

第2回 日本の外交、安全保障政策の課題
◇安全運転の外交デビュー、意義深い日中首脳会談
石破茂首相は就任後、一連の国際会議で外交デビューを果たしました。全体的な印象は安全運転に徹して慎重に対処し、岸田文雄政権までの流れを引き継ぐ姿勢を示したように見えます。新たな外交、安全保障の方針を出さなかったのは、客観情勢を考えれば当然のことです。世界中が次期トランプ政権による大きな変化に備えている段階で、不用意に日本から「何かを変えましょう」というのは無理な話でしょう。
10月のASEAN(東南アジア諸国連合)首脳会議、11月のAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議、G20(主要20か国首脳会議)と続きましたが、とりわけAPECの際の中国の習近平国家主席との首脳会談、日米、日韓、日米韓の首脳会談は政権発足時の外交として良かったと思います。(帰途の米国で期待していた)トランプ次期大統領に会えなかったのは、先方の準備状況が主な理由で、そう深刻に捉える必要はないでしょう。むしろ、安倍晋三元首相が就任前のトランプ氏に会えたのが異例でした。
習主席との会談では、日本産水産物の輸入再開、中国軍の東シナ海での行動、台湾海峡の平和と安定、在留邦人の安全対策強化、拘束邦人の釈放など、日本として言うべきことを伝えたようです。そこで具体的な結論が出なくとも、習氏が話を聞き、強く反論するという形ではなく、今後の話し合いに続くことになったようです。
今の中国は習主席の意向がはっきりしないと動けないので、国際会議のサイドテーブルでしたが、早い段階で会談を行ったことは意味がありました。中国側は、トランプ政権に備えて、できるだけ日本とは事を構えないという方針のようで、比較的順調に話し合いができたことも中国側からのシグナルでした。これにより、他のいろいろなチャンネルで日中間の対話がしやすくなりました。
中国に対しては、警戒心と同時に対話の姿勢を示すことが必要です。岸田政権で(本格的な)首脳外交が行えなかったのは、日本にとって大きな制約要因でした。2020年4月に習近平主席を国賓招聘するはずがコロナで延期され、その後は香港、台湾問題などで国賓は政治的に難しくなってしまいました。今回の首脳会談を機に、それなりの時間を取った首脳会談につなげることが外交の柱として必要です。
日米あるいは日米韓の首脳会談においても、石破政権として岸田前政権の外交方針を継承するメッセージとなったと思います。日米韓の枠組みは、岸田政権が実現した外交成果と見られていて、安定的な継承を改めて首脳間で確認したことになります。しかし、実際に日米韓協力がどうなるかはトランプ政権の方針で左右されるので、今のところ見通せません。
◇加速する国際秩序の変化
トランプ次期大統領の発言から読みとれる内容は、第二次大戦から冷戦にかけてアメリカで定着した、いわゆる国際主義を正面から否定する主張となっています。それらは、80年ぶりぐらいの大きな国際秩序の変化につながり得るものです。これまでの前提となっている仕組みが、いきなりではなくとも、やがて変わっていくことを意識して今後の戦略を考えざるを得ない段階に来ています。
日本や欧州で国内政治が揺れているのも一連の流れと言っていいでしょう。第二次大戦期以降、アメリカが主導した国際秩序は、国際関係だけではなく、各国の内政や経済体制全般に及んでいました。戦後の国際秩序は体制として長持ちしたわけですが、やはり限界に来ているのです。それはトランプ氏が原因というよりは、トランプ氏を生み出した原因があったということであり、国際秩序と並行して国内の秩序も大幅な見直しが必要な段階になっています。日本も、戦後体制の中で自民党ができて今に至るまで約70年、ほぼ一貫して政権与党だったわけですが、その根底の基盤が変化しているわけですから、国内体制も大幅な見直しが必要な段階に来ていると考えた方がいいでしょう。
◇すでに大きいトランプ次期政権の影響
前回(第1回 11月12日掲載)にも指摘しましたが、ウクライナが勝利をするために必要な限り支援を続けるという今のバイデン政権の方針はトランプ政権で変わるでしょう。資金や武器の支援を有償化するとかNATO(北大西洋条約機構)のヨーロッパ諸国に中心的な負担を要求するなどして、米国ではなくヨーロッパが戦争を主導するよう求めるのではないかと思います。一方で、トランプ氏は米国のNATO大使候補を指名しているので、すぐにNATOから離脱するとか、会議に参加しないなどの意図はないようです。
バイデン政権もヨーロッパ諸国も、より長射程のミサイル使用を認めるなど、トランプ政権が始まる前にウクライナに有利な状況を作り出そうとしています。しかし、当然ながらロシアもエスカレートする意志と能力を持っています。すでにロシアが核搭載可能な新型ミサイルを使い、改めて核抑止、核威嚇を強めていることが懸念事項です。ウクライナがより先鋭化した攻撃をした場合にロシアの反撃がどこまでエスカレートするかは見通せません。トランプ政権発足まで2ヶ月弱ですが、危険度は増しています。
中東については、トランプ次期政権の直接の影響と言えるかどうかですが、ネタニヤフ首相はバイデン政権を相手にしない姿勢をこれまで以上にはっきりさせています。バイデン政権がイスラエルに対する交渉力を完全に失ってしまっている中で、イスラエルがどこまでやるかが懸念されます。ガザの人道状況の深刻化は非常に厳しく、UNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)の活動停止となれば、さらに深刻になるのは明らかです。国際刑事裁判所(ICC)によるネタニヤフ首相らへの逮捕状請求はそれに連動しています。イスラエルとしては国連やICCを敵視する姿勢となっていて、その意味では国際機関あるいは国際規範が最大の敗者になっている状況です。
アゼルバイジャンでのCOP29(国連気候変動枠組み条約第29回締約国会議)は、途上国の温室効果ガス削減のための支援を先進国が資金提供する枠組みを作り資金額を決めようとしています。しかし、トランプ氏が就任する来年1月20日にアメリカの離脱表明が確実という中で、ヨーロッパや日本を含めたアジア太平洋の先進諸国がどれだけの負担を出すのか、目途が立たなくなっています。
◇保護主義を一層強める流れ
保護主義の傾向は2010年代から強くなってきていますが、トランプ氏の人事を見る限り、保護主義を本格化し、これまで以上に自由貿易を正面から否定する流れになりそうです。WTO(世界貿易機関)から脱退はしないものも、WTOが既に紛争調停機関としては機能不全になっているのを回復する見込みはないでしょう。トランプ氏が20%の一律関税などを実際にやるかどうかは別にして、自由貿易の観点はともかく一度は否定するでしょう。関税を上げた場合にどれぐらいインフレにつながるかは分かりませんが、石油や天然ガスを大量生産してエネルギー価格を下げることで関税分を吸収できると考えている気もします。むちゃな話だと思いますが。

米大統領に復帰するトランプ氏は、化石燃料の増産を主張しているが……。写真は米ロサンゼルスの石油掘削。
日本への直接的影響よりも懸念されるのは東アジア関係です。トランプ政権で国務長官候補にルビオ上院議員など、対中強硬論者たちが選ばれていますが、経済閣僚はルビオ氏以上に強硬かも分かりません。すでに不況入りしている中国の輸出が下降し経済が悪化すれば、日本にとって厳対米輸出の減少よりも厳しい状態になるのではという懸念があります。
◇トーンダウンした石破首相の持論
石破茂首相は自民党総裁選の際などにアジア版NATOや核共有など持論を表明していました。今はトーンダウンし、外交の前面に出すつもりはないようですが、それを問われる可能性はあります。
アジア版NATOについては(米シンクタンク・ハドソン研究所が公表した)論文を見ても具体的内容がはっきりしません。現実的にこの構想を望む国はないでしょう。特に(中国に対して)最前線になり得る台湾を入れることは大きな現状変更になり、それこそ中国の攻撃の引き金になりかねません。この点では全く現実性がない構想だと思います。
核共有は、ヨーロッパに似たものを東アジアでも、という主張です。しかし、NATOにおいてもアメリカは核使用の決定権を譲っておらず、情報の共有、あるいはドイツの航空機で戦術核兵器を運ぶという話です。ドイツが自身の判断で戦術核を使えるわけではありません。実態はアメリカの核の傘に変わりなく、中ロ朝に対する核抑止力を高めることにはならないでしょう。
韓国では、米韓で核のガイドラインを作り情報共有を深めています。韓国内で核保有論が強まっていることへの対策であり、核使用に関する本質を変えるものではありませんが、日米間でも、アメリカが核使用する場合についてより詳細な情報を共有することはあるかもしれません。
◇日米地位協定の改定問題
石破首相は日米地位協定の改定に言及しています。2004年の防衛庁長官当時、沖縄国際大学への米軍ヘリ墜落事故の経験があって、日本の権利が非常に制約されているという認識をもったのではないかと思います。日米対等の立場を持つべきだというのが一つの信念でしょう。協定で変えた方がいい部分があるのは確かですが、具体的にどう実現するか技術的な問題は困難です。

日米地位協定はどうなるのか。写真は米軍普天間飛行場。
これまでは、協定を変えるコストが大きいので、先延ばしや運用を変える対応をしてきました。この問題を日本政府の最高レベルである首相が口にすること自体は意味があるでしょう。日本から言わなければ変わらない問題だからです。石破首相の意思がはっきり伝われば、アメリカ側もそれなりに尊重し、何らかの変化が起こる可能性はあります。どこをどういうふうに変えることが、お互いにとっての最適解になるのか。そうした議論の場を設定することが可能性の高い落とし所ではないでしょうか。
◇核禁条約へのオブザーバー参加問題
日本原水爆被害者団体協議会(被団協)がノーベル平和賞を受賞しました。これも契機となって日本の核兵器禁止条約(核禁条約)へのオブザーバー参加が改めて議論になっています。授賞を決めたノルウェー・ノーベル委員会はノルウェー政府とは別ですが、ノルウェー自身がNATOの加盟国です。核禁条約の会合にはオブザーバーで参加する一方で、条約には加盟はせず、将来加盟するつもりもないと表明しています。ノルウェー政府は、核抑止の信頼性を信じていて、それを前提にNPT(核兵器不拡散条約)体制を強化していくのが基本方針だからです。他方で究極的な核廃絶はノルウェーの願う世界平和の柱なので、その観点からオブザーバーとして会合に参加すると言っているわけです。やはりオブザーバー参加しているドイツも、NATO加盟国としての義務と両立しない核禁条約には入らないと言っています。
被団協がノーベル平和賞を受賞したのは、核禁条約への参加を唱えているからではなく、核兵器による悲惨な被害が、今日の世界では忘れ去られかけているのに対して、被害の状況を伝え続けていることが大きな要素になっています。実際の被爆者の方が年とともに亡くなっておられるので、授賞のタイミングとしても最後の機会という認識もあったようです。
日本がノルウェーやドイツのように核禁条約の会議にオブザーバー参加することは論理的にはあり得る選択です。ただ、被爆国として核廃絶を望む姿勢を強調してきた以上、ノルウェーのように自国のスタンスをより明確に示す必要が出てきます。つまり、日米安保体制を前提とする限り、核禁条約に加盟する意思は今のところないこと、日米同盟の核抑止体制を信頼していることを、改めて政府が表明することが求められるでしょう。そうしないと日本政府の意図が国際的に不明瞭になり、日米関係にも影響を及ぼす可能性が出てきます。しかし、そうした表明をすることは国内での議論や対立が激化させることになり、日本政府にとっては負担になる可能性があります。そうしたコストを背負った上で、オブザーバー参加するかどうか、という判断の問題になります。
◇戦争終結のために日本ができること
例えば中東あるいはウクライナの戦争について、日本ができることには限界があり、戦争終結に決定的な役割を果たすことはできないでしょう。世界で戦火が広がっている状況なので、あまり不用意なことはするべきではなく、情報をよく分析し、不用意に危険な立場に陥らないようにすることが第一です。その上で、戦火の拡大を防ぎ、収束の方向に持って行く努力は続けないといけない。(国際秩序への関与を縮小しつつある)アメリカ以外の国がこれまで以上にステップアップしないといけないのです。
日本としてはヨーロッパや中東、アジア太平洋の国々との信頼関係を基礎に、戦争の終結に向けた国際的な関与の幅を広げていくことができると考えます。日本単独ではなくグループで関与していく。その下地は過去10年15年の間に強くなっているので、それらをどう活かして破局的状況に対するリーダーシップを示せるかが日本外交に問われることだと思います。
トランプ政権発足に加えて、日本の国力が低下していることに応じて、新しい戦略を考えないといけない時期に来ています。国内の体制を立て直すことと対外的な役割を再定義すること。国力に合った対外政策のバランスを考え直すことです。その上で、各国との協力の範囲を設定することが、全体としての日本の国力強化につながります。過去の価値観や判断基準に囚われることなく、フラットに世界を見てどういう協力関係を創造するか、日本にとっての優先順位やリスク、脅威は何なのかを改めて検討する必要があるでしょう。これを実行するには戦略的分析力が必要ですが、自民党にも野党にもそういう意思と能力があるか疑問を抱かざるをえないのが、今の日本の根本的な問題ではないでしょうか。
(取材・構成 冠木雅夫)
1962年生まれ。京都大大学院法学研究科修士課程修了。京都大法学部助教授、同大学院法学研究科教授、同大公共政策大学院院長。を経て現職。14~16年日本国際政治学会理事長。著書に『国際政治とは何か 地球社会における人間と秩序』(中公新書、読売・吉野作造賞受賞、03年)、『国際政治学』(共編著、有斐閣、13年)『漂流するリベラル国際秩序』(共著、日本経済新聞出版、24年)など。
