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御厨 貴氏インタビュー(全3回)
自民党・石破新総裁で日本はどうなる

自民党総裁選決選投票で、対中強硬派とされる高市早苗氏を破った石破茂氏は、「日中の井戸を掘った」田中角栄元首相の事務所出身だ(自民党ユーチューブチャンネルより)

政治・外交

第2回 岸田政権の3年間を総括する

 10月1日召集の臨時国会は岸田文雄内閣の総辞職を受けて行った首班指名選挙で、自民党の石破茂新総裁が第102代首相に指名され、新内閣を発足させました。政権発足直後の期待感が高い中、内閣発足8日後(9日)に衆院を解散するという異例の短期決戦方針を表明しており、与野党とも早くも臨戦モードへと突入しています。経済財政運営に関して石破首相は「岸田政権の『新しい資本主義』を継承する」と断言する一方で、岸田政権から積み残された裏金問題については、関与した議員の公認の是非や真相解明に向けた再調査については明言を避けています。戦後8番目・在任期間1094日に及んだ岸田政権の功罪について、御厨貴・東大名誉教授と考えました。

御厨 貴(東京大学名誉教授)
◇「宏池会」出身首相……国民は「新しい方向へ行く」と期待したが
──岸田文雄政権3年間をどうご覧になりますか。「新しい資本主義」を掲げ、「聞く力」と「丁寧で寛容な政治」を掲げていました。内政を振り返れば、深刻化する少子化問題に関して子育て支援を打ち出した他、「人への投資」と「官製春闘」によって産業界に賃上げを求めました。また、日銀総裁に植田和男氏を任命し、アベノミクスを下支えした黒田東彦・前日銀総裁の「異次元緩和」「ゼロ金利政策」を解除し、17年ぶりの利上げに至りました。日経平均株価が34年ぶりに最高値を更新し、「資産運用立国」を掲げて、新NISA(少額投資非課税制度)を導入。電気・ガス・ガソリンに補助金を出し、1人4万円の定額減税を実施しました。外に目を向ければ、ロシアがウクライナ侵攻を開始し、北朝鮮が核開発を進めるなど安全保障環境が悪化する中で防衛力の強化に努めると共に、長年険悪だった日韓関係の改善に取り組み、日米韓3カ国の連携を強化しました。

 一方で安倍晋三元首相の国葬を唐突に決定して世論が分断し、旧統一教会問題や安倍派に端を発した「裏金問題」などで報道各社による内閣支持率は長期低落傾向にありました。これらをどう総括すればよろしいでしょうか。


政権発足直後の期待感があるうちに、衆院解散することを表明した石破茂・自民党新総裁(写真は朝刊各紙)


 
御厨 安倍さんがあれだけ長い間、(第2次安倍内閣以降約8年、第1次内閣を含めると約9年間)政権を担って、その後(コロナ禍の)1年間を菅義偉さんが引き継ぎ、その後、岸田さんが出てきたわけですから、あの時は「安倍政治が変わる」という絶対的な期待感がありました。(「官邸一強」と揶揄された)安倍政治は上位下達だし、保守勢力を意識して、かなり右寄りの政策方針をとっていた。良い、悪いの両面があるわけですが、菅さんを挟んで、この辺りで安倍政治10年に及んだ自民党の総括をやって、新しい方向へ行くのではないか、というのが国民の期待でもあったと思います。

 さらに岸田さんは出身派閥「宏池会」を前面に出して、(創設者・池田勇人元首相が打ち出した)「所得倍増計画」や、(三代目会長の)大平正芳元首相が提唱した「田園都市構想」を踏まえた「デジタル田園都市構想」を打ち出すなど、「保守本流」の宏池会の後継者(9代目会長)として、(リベラルで軽武装、経済を重視してきた)宏池会的な政治をやってゆくだろうと思われていた。(保守的な理念を重んじ、タカ派色の強い)安倍政治とは明らかに異なるところを押し出して、国民やメディアも、ひょっとすると政治が変わるのではないか、と感じていたのに、半年も絶たないうちに、期待した政策とは違うことが明らかになってきました。

◇安倍政権ができなかった政策 「あっという間」に成立させた
 安倍政権が取り組めなかった原発回帰(既存の原発を最大限活用するGX脱炭素電源法成立によって、60年超の延長運転が可能に)や、経済安保政策の推進(経済安保推進法を施行し、重要物資のサプライチェーン強化など)、安保3文書の閣議決定(敵ミサイル発射基地を攻撃する「反撃能力」の保有、2027年までに防衛費をGDP比2%増額など)、日米同盟の「深化」に伴う自衛隊と在日米軍の「一体化」(在日米軍を「統合軍司令部」に再編するとともに、陸海空自衛隊を一元的に指揮する「統合作戦司令部」を設置して相互運用性と計画策定の強化などを日米両政府で合意)の問題に手を付けました。

 どれもタカ派であるがゆえに、安倍さんができなかった政策です。それらはほとんど党内議論、国会論戦を経ずに、あっという間に通してしまった。これが“すごい”ところなんだ。原発回帰なんて、国民が何も言わないうちに変わってしまった印象が強いです。しかも当初は“安倍さんにもできないことだ”と自慢していたように映りました。しかし結局は、国民が期待したのとはそうでない方向へ行ってしまい、他の要因も重なり、内閣支持率があれよあれよと下がっていったわけです。

◇「経済重視」施策も 後世に積み残し
 一方で、岸田さんは「経済重視」をよく言いましたね。子育てにお金がかかる問題について、いろいろな施策を打ち出しました(児童手当の拡充、出産育児一時金の増額、高等教育費の負担軽減など)。税制の問題についても、経済成長と国民生活の向上を図る各種政策(賃上げ税制の強化、定額減税の実施、国内投資の促進、ストックオプションの減税措置など)をいろいろ発言していました。ただ、増税や減税の方針についても政界、国民の中でもバラバラに議論されていて、最終的にどうなるかがよく分からないでしょう。この政権はあれもやる、これもやる、と言うけれども、最終的には税金で処理して国債がまた増えるのかなという不安を感じているうちに、3年が経ってしまった。


「保守本流」宏池会出身の首相に、国民が期待した政策とは方向性が違ったとの指摘も(自民党ユーチューブチャンネルより)

◇想起されるリクルート事件 中途半端に終わった政治改革
 この3年間を振り返ると、コロナ禍の中で安倍さんが凶弾に斃れるなど想定外のことが次々と起きました。中でも噴出した旧統一教会問題は自民党の“膿”とも言うべきものです。この一件で思い出されるのはリクルート事件です(1988年にリクルートコスモスの未公開株が、政治家や官僚らに賄賂として渡されたことが発端となり、政界・官界・マスコミを揺るがせた)。平成が始まる前から政治とカネの問題が相当批判されて、透明性を高めるために政治資金規正法が施行されるなど、いろいろな動きがありましたが、結局、選挙制度など政治改革の方に目が向いてしまったわけです。

 カネの問題もあるけれども、政治改革が必要だよねと。1994年の政治改革の一環として、多様な意見を反映させるために小選挙区比例代表並立制を導入して、その先の政権交代可能な二大政党制を目指そうと。僕らも旗を振った方ですから、反省しないといけないけれども、当時の風向きはそうだったわけです。

安倍長期政権が着手できなかった、賛否両論ある政策を軌道に乗せた岸田政権

──長年、企業・団体からの献金に大きく依存し、政治とカネの問題が深刻化しており、石破新首相も若かりし頃、「政治改革」を強く主張していました。政党交付金制度の導入によって、政党が企業や団体からの献金に過度に依存することを防ぎ、政治資金の透明性を高めようという狙いがありましたね。

御厨 カネの問題もあるけれども、政治形態が変わってゆけば、自然に処理されるものだと。(政治資金規正法に盛り込まれた政党交付金制度によって、共産党を除く)各党に税金で金がバーッと出る公費投入のシステムを作ったから大丈夫だよね、という妙な安心感もあって、それがそのまま、この30年間過ぎてしまいました。

──性善説でしたね。

御厨 もちろん、そうです。派閥も「必要悪」であると押し切って、政権交代が実現すれば、派閥の問題も今ほど批判されるようなことにはならない、変わってゆくだろうと期待されていました。そうして2009年に民主党政権が実現して、「政権交代伝説」の元でそうした問題が雲散霧消すると思っていたら、そうではなかった。(マニフェストで「官から民へ」を主張した)民主党政権がいざ誕生してみたら、“何もできない政権だ”と国民に見透かされてしまい、先祖返りで安倍さんが再び首相に復帰しました。安倍政権でもいろいろな問題があったけれども、自民党が衆参で常に多数を占めているので、全部数で押し切ってゆくことができた。

 それがそのまま、菅政権を経て岸田政権へと受け継がれてきて、政治改革は失敗したわけです。それまで表に出ていた政治とカネの問題はどんどん裏へ行って、さらに今回、裏帳簿が出てしまった。多分、岸田さんとしては不本意であったと思う。自分はそんなに関わっていないつもりなのに、こういう問題がたくさん出てきて低支持率につながり、退陣表明を余儀なくされたからね。この歴史を眺めると、平成期にもう少し取り組むべき問題を先送りにしてしまったので、30年経って、とてつもない重みとなって噴出してしまった。ある意味、岸田さんが(2021年10月に)政権を取った時点では考えられなかったことが起きてしまった、ということだろうと思います。

◇難しい岸田内閣の総括
──自民党派閥が政治資金パーティー収入の一部を「裏金」した問題を受け、今年初めに急きょ宏池会(岸田派)の解散を明言し、麻生派を除いて他派にも波及しました。

御厨 これも意外でしたね。派閥自体を一番大事に思っていたのは岸田さんです。彼は総理大臣になっても、派閥の会長を辞めなかったんだから。今までは総理になったら派閥の長は辞めるし、派閥活動もせずに、派閥から脱けることが慣例になっていたのに、岸田さんは(23年末まで)派閥を離脱しなかった。しかも岸田派40数人の仲間が政治には必要なんだと言っていた。逆に言えば、派閥が必要とする方向を目指してきていたわけでしょ。だから、そういう人が一転、裏金疑惑を受けた派閥が悪いとなると、「派閥を解消する」という挙に出るというのは、どう考えても論理的に結びつかない。結局(「国民の信頼回復と再発防止に取り組む」との理由で)本当に解散してしまった。

 派閥の解散によって皆が身動き取れなくなっている時に、総理・総裁だけは党内を自由に歩くことができる、ということを岸田さんは気付いたはずですよ。矛盾した行為であるけれども、派閥がある状況よりも、彼自身ははるかに動きやすくなり、パワーを持てるようになったわけです。なのに、こうした状況下で彼は総裁選での再選を目指さないことを選んだ。総裁選に出ていれば、派閥を解消した上で、カネの問題を含めて、こういうふうにやりましたとか言えば、国民に胸を張ってやれたはずなんですが、見事に退陣を表明してしまった。
 しかも、その時の談話を聞いていたけれども、自分が取り組んだ業績をたくさん言って、まだ足りないから、これをやりたいんだと言っていた。次の総裁選に出るんだろうと聞きながら思っていたら、結局そうではなかった。辞めるとはどういうことなんだと思いました。

 安倍さんよりも、岸田さんの内閣を総括しようとする時、彼の意図がどこにあって、それがどこまで実現されたかを総括するのは、ものすごく難しいと思います。岸田さん自身が時々クルッと全然違う方向へ、何の説明もなく変わってしまっている状況ですからね。ただ、本人自身は恐らくあまり矛盾した行動を取ったとは思っていないでしょう。なぜなら、その後の記者会見でもスーッと当然のように「取り組んできた」と述べていたから、その意味で総理大臣の言葉がここまで軽くなった時代はないのではないか思います。

 元々、総理大臣の言葉は結構重くて、安倍さん、菅さんでも、首相になってからの発言には矛盾がないように語っていたように思います。安倍さんは矛盾がないようにやるんだと努めていたところがありましたよ。こんなことを指摘すると、岸田さんは怪訝な顔をするかもしれないけれど、総理の言葉があれだけ軽くなると、いよいよ自民は言葉で説明できない党になってきたのかなと感じました。これが全体を見た印象ですね。
(取材・構成 中澤雄大)

【略歴】
御厨 貴(みくりや・たかし)
東大名誉教授。1951年生まれ。東大法学部卒業、東大助手、東京都立大助教授・教授、政策研究大学院大学教授、東大教授、放送大学教授、青山学院大学特別招聘教授などを歴任。専門は政治史、オーラル・ヒストリー。TBSテレビ「時事放談」の司会も長年務めた。
主要著作に『明治国家形成と地方経営 1881~1890年』(東大出版会、1980年)、『政策の総合と権力 日本政治の戦前と戦後』(東大出版会、1996年、サントリー学芸賞)、『馬場恒吾の面目』(中央公論社、1997年、吉野作造賞)、『オーラル・ヒストリー 現代史のための口述記録』(中央公論新社、2002年)、『権力の館を歩く』(毎日新聞社、2010年)など多数。

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